レンタル夫婦。
**
大分具合が悪いのが落ち着いてそっと時計を見ると、もう日付が変わっていた。
それにハッとして周りを見渡す。
「え! 終電!」
「あれ? 中原ちゃん家どこだっけ?」
つい声をあげると同じ部署の人達に声をかけられる。
そういえば、湊のことを言えない分、引っ越したことも内緒だった。
私の元々住んでいた部屋より、今の部屋の方が少しだけ遠い。
その分終電も早くて、……それを完全に失念していた。
「うちら朝までなんで、一緒にカラオケでもどうですか?」
営業のあまり話したことのない女性がそう誘ってくる。
「え……そうですね」
タクシーで帰るわけにもいかないし……と考えて、スマホを手に取る。と、何故か充電が切れていた。
「あれ……やば」
(どうしよう。……でも、湊には遅くなるって連絡入れたしいいよね……?)
「あ、じゃあ私もカラオケ行きます」
終電を逃した何人かでカラオケに行くことになり、それに参加させてもらうことにした。
適当に話したり歌ったり、まだ飲んだりと各自自由に過ごして、始発の時間までを潰す。
朝5時近くなって、私も他の人と一緒に駅に向かった。
「じゃあまた来週~」
みんなふらふらとした足取りで別れを告げる。
私も倒れそうになりながら電車に乗った。
普段満員の電車は殆ど空いていた。
それでも人がいることに少しだけ驚いて、あの人も朝帰りかな? なんて勝手に妄想をしながら進む電車に揺られる。
最寄り駅についてマンションまで向かう。
時刻はまだ6時前。
なるべく音を立てないようにマンションの玄関ホールを通って扉の前にたどり着く。
そっと鍵を回して玄関の扉を開けて中に入る。
そっとそーっと廊下を進んでリビングまで行く。……と、ソファーに湊が居た。
「おかえり」
「え、もう起きてたの? おはよう?」
湊今日も早いの? って考えながら挨拶する。
……と、ダンっと凄い音が部屋に響いた。
ビックリして音の出所を探す。……湊が、テーブルを叩いた音だった。
「え、」
「……あのさぁ。言うことないの、他に」
湊の声が凄く低い。今までで一番低いかもってくらい。
「遅くなって……ごめんなさい」
「連絡入れるって言ったよね?」
「……昨日連絡はしたよ」
湊が全身で怒っているのを伝えてくるから、私は萎縮して声が小さくなった。俯いて告げると思い切り溜息を吐かれる。
「オレとみひろさんって今、夫婦なんじゃないの? 普通、新婚で朝帰りとかする!?」
湊が苛々と体を揺らして怒鳴った。
それが怖くて何も言えなくなる。
「…………」
「何か言ってよ」
「ごめん……」
終電を逃した、とか
スマホの充電が切れた、だとか。
そういうのはきっと、全て言い訳にしかならない。
それが分かるから、何も言えなくて。
湊が怒るのは当たり前だった。
「みひろさん、オレのことはどうでも良いんでしょ、本当は」
「え! そんなわけない!」
溜息と共に聞こえた言葉に慌ててしまう。
「……もういいよ。オレ、寝るから。みひろさんも寝るでしょ。おやすみ」
その言葉に、湊が一日中起きて待っていたのだと知り、途端に罪悪感がこみ上げる。
それでもリビングから出ていく背中を引き止めることが出来なくて、ただただ出ていく湊の背中を見つめた。
「みなと……」
湊の姿が廊下に消える。
ポツリと呟いて湊が居たソファーに座る。
「あれ……?」
テーブルの上に、見慣れないチケットが置いてあった。
それは、今週末限定のイベントのチケットで、この前テレビでやっていて私が行きたいと言った場所のチケットだった。
「うそ、」
それを見て、ぐっと気持ちがこみ上げてくる。
私が何気なく言ったことを覚えててくれたの……?
そう思ったらもう泣きそうで、私はリビングを飛び出していた。
「湊……!」
廊下には湊はいない。
湊の自室をノックする。
返事はない。
「湊、ごめん……話がしたいの、……あけて」
涙声で訴えてもう一度ノックする。
少し長い沈黙の後、そっと扉が開いて湊が姿を現した。
「なに、」
もう、我慢出来なくて、勢いのまま抱き着く。
「――ごめん」
「…………」
「謝って許して貰えるなんて思ってない。……でも、謝らせて。私、湊の気持ち、全然考えてなくて……傷付けて、本当にごめんね」
「……いいよ、もう別に」
ふぅ、っと溜息が零れてきて、それだけを紡がれる。
呆れたような声に、涙が止まらなかった。
「本当に、ごめん……湊」
「もう分かったから」
突き放されたような言い方に、胸がずきずきと痛む。
どうして良いか分からなくて抱きしめる腕に力を込めた。
湊の右手が伸びてきて、私の頭をぽんぽんと叩く。それから宥めるように優しく撫でられた。
思い浮かんだのは、数時間前の飲み会の席のこと。
水島さんに触れられた時のことを思い出して、やっぱり湊がいいんだって自覚した。
「湊、……すき」
都合の良いことを言っているのは解ってた。
でも、止まらなくて。
抱き着く腕を離したくなくて、気付いたらそう言っていた。
湊の頭を撫でる手が止まる。
顔を上げると、困ったような瞳が私を見下ろしていた。
「湊……だいすき」
もう一度感情をこめて呟く。
湊は一瞬顔を顰め、それから困ったように笑った。
「オレも好きだよ、みひろさん」
そう言って、それを理解する前に頭を撫でていた手が頬に触れる。
そのまま顔が近付いて――よく分からないまま、湊の唇と私の唇が重なっていた。
「――え」
触れるだけのキスをされて、数秒間固まって。
やっと顔が離れて、それだけ言うのがやっとだった。
だいぶ遅れて反応はやってくる。
「え、うそ……ほんとに……?」
心臓がドキドキとまた騒ぎ出す。
湊の唇は柔らかくて、睫毛も長くて――って、そうじゃなくて。
頭の中が思い切りパニックになって、混乱し始めた。
「……みひろさん、今日はコンサートない?」
「え、ないけど……?」
「じゃあ、寝て起きたら一緒に出掛けよ」
大分具合が悪いのが落ち着いてそっと時計を見ると、もう日付が変わっていた。
それにハッとして周りを見渡す。
「え! 終電!」
「あれ? 中原ちゃん家どこだっけ?」
つい声をあげると同じ部署の人達に声をかけられる。
そういえば、湊のことを言えない分、引っ越したことも内緒だった。
私の元々住んでいた部屋より、今の部屋の方が少しだけ遠い。
その分終電も早くて、……それを完全に失念していた。
「うちら朝までなんで、一緒にカラオケでもどうですか?」
営業のあまり話したことのない女性がそう誘ってくる。
「え……そうですね」
タクシーで帰るわけにもいかないし……と考えて、スマホを手に取る。と、何故か充電が切れていた。
「あれ……やば」
(どうしよう。……でも、湊には遅くなるって連絡入れたしいいよね……?)
「あ、じゃあ私もカラオケ行きます」
終電を逃した何人かでカラオケに行くことになり、それに参加させてもらうことにした。
適当に話したり歌ったり、まだ飲んだりと各自自由に過ごして、始発の時間までを潰す。
朝5時近くなって、私も他の人と一緒に駅に向かった。
「じゃあまた来週~」
みんなふらふらとした足取りで別れを告げる。
私も倒れそうになりながら電車に乗った。
普段満員の電車は殆ど空いていた。
それでも人がいることに少しだけ驚いて、あの人も朝帰りかな? なんて勝手に妄想をしながら進む電車に揺られる。
最寄り駅についてマンションまで向かう。
時刻はまだ6時前。
なるべく音を立てないようにマンションの玄関ホールを通って扉の前にたどり着く。
そっと鍵を回して玄関の扉を開けて中に入る。
そっとそーっと廊下を進んでリビングまで行く。……と、ソファーに湊が居た。
「おかえり」
「え、もう起きてたの? おはよう?」
湊今日も早いの? って考えながら挨拶する。
……と、ダンっと凄い音が部屋に響いた。
ビックリして音の出所を探す。……湊が、テーブルを叩いた音だった。
「え、」
「……あのさぁ。言うことないの、他に」
湊の声が凄く低い。今までで一番低いかもってくらい。
「遅くなって……ごめんなさい」
「連絡入れるって言ったよね?」
「……昨日連絡はしたよ」
湊が全身で怒っているのを伝えてくるから、私は萎縮して声が小さくなった。俯いて告げると思い切り溜息を吐かれる。
「オレとみひろさんって今、夫婦なんじゃないの? 普通、新婚で朝帰りとかする!?」
湊が苛々と体を揺らして怒鳴った。
それが怖くて何も言えなくなる。
「…………」
「何か言ってよ」
「ごめん……」
終電を逃した、とか
スマホの充電が切れた、だとか。
そういうのはきっと、全て言い訳にしかならない。
それが分かるから、何も言えなくて。
湊が怒るのは当たり前だった。
「みひろさん、オレのことはどうでも良いんでしょ、本当は」
「え! そんなわけない!」
溜息と共に聞こえた言葉に慌ててしまう。
「……もういいよ。オレ、寝るから。みひろさんも寝るでしょ。おやすみ」
その言葉に、湊が一日中起きて待っていたのだと知り、途端に罪悪感がこみ上げる。
それでもリビングから出ていく背中を引き止めることが出来なくて、ただただ出ていく湊の背中を見つめた。
「みなと……」
湊の姿が廊下に消える。
ポツリと呟いて湊が居たソファーに座る。
「あれ……?」
テーブルの上に、見慣れないチケットが置いてあった。
それは、今週末限定のイベントのチケットで、この前テレビでやっていて私が行きたいと言った場所のチケットだった。
「うそ、」
それを見て、ぐっと気持ちがこみ上げてくる。
私が何気なく言ったことを覚えててくれたの……?
そう思ったらもう泣きそうで、私はリビングを飛び出していた。
「湊……!」
廊下には湊はいない。
湊の自室をノックする。
返事はない。
「湊、ごめん……話がしたいの、……あけて」
涙声で訴えてもう一度ノックする。
少し長い沈黙の後、そっと扉が開いて湊が姿を現した。
「なに、」
もう、我慢出来なくて、勢いのまま抱き着く。
「――ごめん」
「…………」
「謝って許して貰えるなんて思ってない。……でも、謝らせて。私、湊の気持ち、全然考えてなくて……傷付けて、本当にごめんね」
「……いいよ、もう別に」
ふぅ、っと溜息が零れてきて、それだけを紡がれる。
呆れたような声に、涙が止まらなかった。
「本当に、ごめん……湊」
「もう分かったから」
突き放されたような言い方に、胸がずきずきと痛む。
どうして良いか分からなくて抱きしめる腕に力を込めた。
湊の右手が伸びてきて、私の頭をぽんぽんと叩く。それから宥めるように優しく撫でられた。
思い浮かんだのは、数時間前の飲み会の席のこと。
水島さんに触れられた時のことを思い出して、やっぱり湊がいいんだって自覚した。
「湊、……すき」
都合の良いことを言っているのは解ってた。
でも、止まらなくて。
抱き着く腕を離したくなくて、気付いたらそう言っていた。
湊の頭を撫でる手が止まる。
顔を上げると、困ったような瞳が私を見下ろしていた。
「湊……だいすき」
もう一度感情をこめて呟く。
湊は一瞬顔を顰め、それから困ったように笑った。
「オレも好きだよ、みひろさん」
そう言って、それを理解する前に頭を撫でていた手が頬に触れる。
そのまま顔が近付いて――よく分からないまま、湊の唇と私の唇が重なっていた。
「――え」
触れるだけのキスをされて、数秒間固まって。
やっと顔が離れて、それだけ言うのがやっとだった。
だいぶ遅れて反応はやってくる。
「え、うそ……ほんとに……?」
心臓がドキドキとまた騒ぎ出す。
湊の唇は柔らかくて、睫毛も長くて――って、そうじゃなくて。
頭の中が思い切りパニックになって、混乱し始めた。
「……みひろさん、今日はコンサートない?」
「え、ないけど……?」
「じゃあ、寝て起きたら一緒に出掛けよ」