レンタル夫婦。
**
温泉を堪能して浴衣に着替えて部屋へと戻る。
鍵を開けて中に入ると、湊はもうそこにいた。
浴衣姿なんて初めて見るから、……心臓が止まるかと思った。
どうして男の子なのに、こんなにも色っぽいのだろう。
湊は本当に何を着ても似合う。
少しお洒落な私服も、初めて顔を合わせた時のスーツも、普段の緩い部屋着や寝る時の格好も、そして目の前の浴衣姿も。
もう本当にモデルにでもなれば良いのに、なんて思いながら私は部屋へと踏み入れた。
「おかえりみひろさん。お風呂、どうだった?」
窓際の椅子の所に座ったまま、湊はそう問う。
私はそれに笑顔を返して、和室の中央のテーブルの、入り口寄りの場所に腰を下ろした。
「うん、すごく良いお湯だったよ」
「……そう? 気に入ってくれたなら良かったけど」
「うん、気持ち良かった。……あ、お茶淹れるね、飲む?」
「ん、じゃあ貰おうかな」
湊を直視出来なくて、顔を逸らしたまま答える。
不自然にならないようにお茶のセットに手を伸ばして、そう訊いた。
湊の答えを訊いてから、急須の中へと茶葉を出して、そこにポットのお湯を入れる。
少し色が出たそれをそれぞれの湯飲みに移して、お茶の一つを持って湊の居るテーブルへと向かった。
「はい、どうぞ」
「ありがと。……ね、みひろさんもこっちきてよ」
「……うん」
断る理由なんかなくて、一度テーブルへと戻って自分の分の湯飲みを持って湊の居る窓際へ移動する。向かい側の席へと腰をおろして湯飲みを置くと、湊はこの辺りの観光マップを見ているようだった。
「今日さ、予定より遅くなっちゃったから。明日早めに出て回ろうかと思うんだけど……行きたい所ってある?」
そう問われてマップを差し出される。
山道を歩く遊歩道や、食べ物のおいしいお店、博物館に資料館、テーマパーク……この辺りは観光地らしく色々なものが揃っているみたい。
どれもこれも興味を引くけれど、一番気になったのは、お寺だった。
「……ここ、」
言ってマップを指差す。
テーブルの上に一緒にあったパンフレットを開いてお寺の名前を確認する。
間違いなかった。
前にハマっていたドラマのロケに使われた場所だ。
「お寺とか好きなの?」
湊の問いに少しだけ迷う。
それから、ゆっくりと首を振った。
「えっと……笑わないでね? 前に見てたドラマでロケをやってて」
「笑わないよ。何てドラマ?」
「え?」
少しだけ恥ずかしくて目を伏せながら問うと、予想外にそう返されて顔をあげる。
湊はすごく優しい笑顔を浮かべていた。
「オレ、みひろさんのことちゃんと知りたいから。誤魔化さないで教えて、色んなこと」
そう言われて、また胸がきゅんとする。
こんなことを言われたらやっぱり好きにならないなんて無理だ、って思いながらそのドラマの話をした。
タイトル、いつやっていたか、主演がジェニーズの誰でどんな役だったのか。
こういうあらすじだった、ってまで話すと湊がああ、あれか、と呟いた。
「知ってるの?」
「うん、だって月9でしょ? ちょっと見てたよ。……あれならさ、たぶんこっちの和菓子屋も映ってたと思うけど。えーと……ライバルの店って設定で」
「あ! 本当だ! あの店ここだったんだ!」
知らなかった情報を与えられて目から鱗状態になる。
笑わないでくれたのはもちろん、ちゃんと聞いてくれてるのが嬉しくて、私はついつい色々と語り出してしまった。
「それでね、その時その人が――ってあ、ごめん、私ばっかり喋って」
ついつい夢中になって語ってしまって、慌てて口を押える。
湊はおかしそうに笑った。
「みひろさん、本当好きなんだね。今まで見たことないくらい生き生きしてるよ。オレ、聞くの好きだしきかせてよ」
「……うん、ありがと」
こんなのは初めてだった。
今まで付き合った彼氏は、ジェニーズとか顔だけだろって言って真面目に話を聞いてくれたことはなかった。
コンサートに行くことこそ否定はしないものの、興味ないっていうか……
だから、湊が話を聞いてくれるのが本当に嬉しくて、私は湊にもジェニーズを好きになって欲しくて、必死に語り続けた。
「へぇ、そういう流れだったんだ。勘違いしてた」
ドラマの概要を語り終えるとそう驚いたように湊が言う。
伝わったのかなって嬉しくなって、私は自覚するくらい表情が緩んでいた。
「……ねぇ湊、次は湊のこと教えて? 私、湊のことも知りたい」
一通り話し終えた所でそう訊いてみる。
今までこういう風に誰かに対して思ったこともなかったかもしれない。
湊は少しだけ困ったように眉を寄せた。
「オレ? オレはんー……みひろさんぐらい夢中になってることってないかな、今は」
「前はあったってこと?」
言葉尻を拾って問うと湊の目が細められた。
訊いてはいけないことかな、と咄嗟に思って言葉を重ねる。
「あ、えーと……湊はさ、自然が好き? この前は海で、今回は山だから。すごく、景色も綺麗だし」
「ん……まあそういうところはあるのかな。のんびりした空気とか好きだし」
「そうなんだ。じゃあさ、明日はこの遊歩道を歩いてみない? 紅葉も見られるかもしれないよ」
再びマップに視線を落としてそう提案する。
湊はすごく驚いたように目を見開いた。
「え、明日はお寺と和菓子屋に行くんじゃないの?」
「んー、それもいいけど、私はいつも湊に喜ばせてもらってばかりだから、湊が喜ぶことしたいよ。明日は湊が行きたい所にいこ?」
「オレが行きたいとこ?」
「うん。……ここなら私が喜ぶかも、じゃなくて、湊の興味あるところ。行ってみたいって思う所。どこだって付き合うから」
私は本心からそう言っていた。
本当にそういう風に考えられるのが初めてだった。
でも、ドラマのロケ地よりも、湊の笑顔が見たいってそう思っていた。
湊は少し面食らったように目を丸めて、それからふいっと顔を逸らした。
「ありがと……考えとく」
少し照れたようなそれが嬉しくてにこにことそんな湊を見つめる。
それを少し続けて堪能してから、窓の外へと顔を移した。
陽がすっかり落ちて辺りは暗い。
湊は何も言わなくて、私も何も言わなかった。
ただ、湯飲みのお茶を飲みながら外の景色に視線を馳せる。
「……もう少ししたら、部屋でよっか。時間だから」
だから、湊がそう言うまで、そんなに時間が経っているとは気が付かなかった。
温泉を堪能して浴衣に着替えて部屋へと戻る。
鍵を開けて中に入ると、湊はもうそこにいた。
浴衣姿なんて初めて見るから、……心臓が止まるかと思った。
どうして男の子なのに、こんなにも色っぽいのだろう。
湊は本当に何を着ても似合う。
少しお洒落な私服も、初めて顔を合わせた時のスーツも、普段の緩い部屋着や寝る時の格好も、そして目の前の浴衣姿も。
もう本当にモデルにでもなれば良いのに、なんて思いながら私は部屋へと踏み入れた。
「おかえりみひろさん。お風呂、どうだった?」
窓際の椅子の所に座ったまま、湊はそう問う。
私はそれに笑顔を返して、和室の中央のテーブルの、入り口寄りの場所に腰を下ろした。
「うん、すごく良いお湯だったよ」
「……そう? 気に入ってくれたなら良かったけど」
「うん、気持ち良かった。……あ、お茶淹れるね、飲む?」
「ん、じゃあ貰おうかな」
湊を直視出来なくて、顔を逸らしたまま答える。
不自然にならないようにお茶のセットに手を伸ばして、そう訊いた。
湊の答えを訊いてから、急須の中へと茶葉を出して、そこにポットのお湯を入れる。
少し色が出たそれをそれぞれの湯飲みに移して、お茶の一つを持って湊の居るテーブルへと向かった。
「はい、どうぞ」
「ありがと。……ね、みひろさんもこっちきてよ」
「……うん」
断る理由なんかなくて、一度テーブルへと戻って自分の分の湯飲みを持って湊の居る窓際へ移動する。向かい側の席へと腰をおろして湯飲みを置くと、湊はこの辺りの観光マップを見ているようだった。
「今日さ、予定より遅くなっちゃったから。明日早めに出て回ろうかと思うんだけど……行きたい所ってある?」
そう問われてマップを差し出される。
山道を歩く遊歩道や、食べ物のおいしいお店、博物館に資料館、テーマパーク……この辺りは観光地らしく色々なものが揃っているみたい。
どれもこれも興味を引くけれど、一番気になったのは、お寺だった。
「……ここ、」
言ってマップを指差す。
テーブルの上に一緒にあったパンフレットを開いてお寺の名前を確認する。
間違いなかった。
前にハマっていたドラマのロケに使われた場所だ。
「お寺とか好きなの?」
湊の問いに少しだけ迷う。
それから、ゆっくりと首を振った。
「えっと……笑わないでね? 前に見てたドラマでロケをやってて」
「笑わないよ。何てドラマ?」
「え?」
少しだけ恥ずかしくて目を伏せながら問うと、予想外にそう返されて顔をあげる。
湊はすごく優しい笑顔を浮かべていた。
「オレ、みひろさんのことちゃんと知りたいから。誤魔化さないで教えて、色んなこと」
そう言われて、また胸がきゅんとする。
こんなことを言われたらやっぱり好きにならないなんて無理だ、って思いながらそのドラマの話をした。
タイトル、いつやっていたか、主演がジェニーズの誰でどんな役だったのか。
こういうあらすじだった、ってまで話すと湊がああ、あれか、と呟いた。
「知ってるの?」
「うん、だって月9でしょ? ちょっと見てたよ。……あれならさ、たぶんこっちの和菓子屋も映ってたと思うけど。えーと……ライバルの店って設定で」
「あ! 本当だ! あの店ここだったんだ!」
知らなかった情報を与えられて目から鱗状態になる。
笑わないでくれたのはもちろん、ちゃんと聞いてくれてるのが嬉しくて、私はついつい色々と語り出してしまった。
「それでね、その時その人が――ってあ、ごめん、私ばっかり喋って」
ついつい夢中になって語ってしまって、慌てて口を押える。
湊はおかしそうに笑った。
「みひろさん、本当好きなんだね。今まで見たことないくらい生き生きしてるよ。オレ、聞くの好きだしきかせてよ」
「……うん、ありがと」
こんなのは初めてだった。
今まで付き合った彼氏は、ジェニーズとか顔だけだろって言って真面目に話を聞いてくれたことはなかった。
コンサートに行くことこそ否定はしないものの、興味ないっていうか……
だから、湊が話を聞いてくれるのが本当に嬉しくて、私は湊にもジェニーズを好きになって欲しくて、必死に語り続けた。
「へぇ、そういう流れだったんだ。勘違いしてた」
ドラマの概要を語り終えるとそう驚いたように湊が言う。
伝わったのかなって嬉しくなって、私は自覚するくらい表情が緩んでいた。
「……ねぇ湊、次は湊のこと教えて? 私、湊のことも知りたい」
一通り話し終えた所でそう訊いてみる。
今までこういう風に誰かに対して思ったこともなかったかもしれない。
湊は少しだけ困ったように眉を寄せた。
「オレ? オレはんー……みひろさんぐらい夢中になってることってないかな、今は」
「前はあったってこと?」
言葉尻を拾って問うと湊の目が細められた。
訊いてはいけないことかな、と咄嗟に思って言葉を重ねる。
「あ、えーと……湊はさ、自然が好き? この前は海で、今回は山だから。すごく、景色も綺麗だし」
「ん……まあそういうところはあるのかな。のんびりした空気とか好きだし」
「そうなんだ。じゃあさ、明日はこの遊歩道を歩いてみない? 紅葉も見られるかもしれないよ」
再びマップに視線を落としてそう提案する。
湊はすごく驚いたように目を見開いた。
「え、明日はお寺と和菓子屋に行くんじゃないの?」
「んー、それもいいけど、私はいつも湊に喜ばせてもらってばかりだから、湊が喜ぶことしたいよ。明日は湊が行きたい所にいこ?」
「オレが行きたいとこ?」
「うん。……ここなら私が喜ぶかも、じゃなくて、湊の興味あるところ。行ってみたいって思う所。どこだって付き合うから」
私は本心からそう言っていた。
本当にそういう風に考えられるのが初めてだった。
でも、ドラマのロケ地よりも、湊の笑顔が見たいってそう思っていた。
湊は少し面食らったように目を丸めて、それからふいっと顔を逸らした。
「ありがと……考えとく」
少し照れたようなそれが嬉しくてにこにことそんな湊を見つめる。
それを少し続けて堪能してから、窓の外へと顔を移した。
陽がすっかり落ちて辺りは暗い。
湊は何も言わなくて、私も何も言わなかった。
ただ、湯飲みのお茶を飲みながら外の景色に視線を馳せる。
「……もう少ししたら、部屋でよっか。時間だから」
だから、湊がそう言うまで、そんなに時間が経っているとは気が付かなかった。