レンタル夫婦。
――看病する、とは言っても、そこまでやれることもなかった。
とりあえず一通りを終えて傍に座って手を握る。
薬を飲んだからか、少しだけ湊の呼吸が楽そうになる。
それにホッとして立ち上がろうとすると、手をぎゅっと握り返された。

「みなと?」
「あのね、みひろさん。聞いて欲しい」
「うん?」

真剣な声に体を戻して、両手で湊の手を握る。
それに安心したように目を閉じて、湊はぽつぽつと語り始めた。
「オレ、さ。元々、レンタル彼氏、のバイトしてて。……その、成績? 評判っていうのかな。それが良かったから、今回選ばれたんだ」

湊が話し始めた言葉に、どんどん疑問が湧く。正直訊きたいことはいっぱいあったけれど、敢えて何も言わずにただ相槌だけを返す。

「うん」
「……どうしても、お金が欲しくて。騙すとか、そういうつもりじゃなかったんだよ。……傷付けて、ごめん」
「何に使うの?」

謝られて驚いたけれど、何よりもそこが気になってきく。
湊は一度目を開けて私を見つめ……それからまた閉じた。

「オレ、今はそのバイトしかしてないから。いくらでもお金が欲しかったよ」
「そうなの?」
「うん」

少しだけ驚いて問う。レンタル彼氏のお給料がどんなものかは分からない。けれど、バイトって言うくらいだし……そんなには稼げないような気がした。
それが伝わったのか、湊がまた口を開く。

「オレさ。ちっちゃい頃からゲーム好きで。大人になったらそういうの作りたいって思ってたんだ。
ずっとプログラムとか勉強してたんだけど、大学出てやっと就職出来た会社は、……こう、社内システムとか? そういうのしか作ってなくて。確かに今、ゲームって売れないし、そんなの分かってるけど……全然思ってたのと違うから、……結局すぐ辞めちゃって。そのあとはふらふらフリーターしてる。がっかりした?」

湊はぽつぽつとそう言って、そこまで話終えてからまた薄く目を開く。
苦しそうな表情のまま、視線だけが私を捉えた。
初めて聞くことばかりで、咄嗟に言葉が出てこない。
湊はそれが分かっていたのか、視線を天井に向けた。

「みひろさん、アイドル好きって言ってたし、ぶっちゃけ好きなのは、オレの顔でしょ?……オレ、中身はみひろさんが思ってるような男じゃないよ。歌ったり踊ったりとか出来ないし。部屋にこもってゲームしてるの好きだし」

やや自嘲気味にそう続けられる。
何となく、もやもや、した。

「もったいないよ」

だからなのか、気付いたらそう言ってしまっていた。

「え?」

驚いたように湊の顔が私の方を向く。

「――そんなにずっと好きだったならあきらめちゃだめだよ」

正直、ゲームのこととか。プログラミングだとか。
そういうのは少しだって分からない。
でも、ぽつりぽつりと話す湊には未練があるようで、そう言わずにはいられなかった。

「……そうかな。今更じゃない」

湊はそう言って笑う。

「そんなことな」
「ありがとね。……ごめん、ちょっと薬効いてきたし寝るよ」

そんなことないよ。
そう言いたかったのに強引に遮られる。
反論したかったけど、そんな風に苦しそうに言われたら寝るななんて言えるわけがなくて、とりあえず引き下がることしか出来なかった。

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