レンタル夫婦。
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19時、5分前。
約束したファミレスで伯父を待つも、姿はない。
意外と混んでいる店内に、先に席を取っちゃおうと中へ入る。
店員に、喫煙席の二人がけのテーブルに案内され、いつ伯父が来ても良いようにドアが見える側に腰を下ろした。

19時を過ぎる。
伯父は来ない。
電話をかけてみるも応答はなし。

(呼び出したくせに……)

何となく苛々しながら、店員が持ってきたおしぼりを開ける。
それで手を拭きお冷に口をつけて少し経つと、入り口に待ち望んだ姿が現れた。



「おう!」
目が合い片手をあげられる。
てっきりスーツで来るかと思っていた伯父は、ノルディック柄のネイビーのセーターに、ベージュのチノパン、というラフな格好でやってきた。
口許と顎の髭のせいで全体的に渋い印象だけれど、体型が崩れていないからかとても五十代には見えない。

「待たせて悪かったな」
悪い悪い、などと言いながら向かい側の席へと腰を下ろした伯父は、お冷だけのテーブルを一瞥して怪訝そうな表情になった。

「何か頼んだか?」
「まだだけど……それより、仕事帰りじゃないの?」
「ん? 仕事だったぞ?」

何でだ? と不思議そうにする伯父をつい凝視してしまう。
よく考えれば、この伯父がどんな会社で働いているかなんて知らなかった。

「何の仕事してるんだっけ?」
「あーそれより腹減っただろ? 先、頼んじまおうぜ」

伯父は笑って私にメニューを差し出した。
はぐらかされた気がして何となく納得いかないものの、言われるままにメニューを開く。
このファミレスに来るのは久しぶりで、どれもおいしそうに映る。
何度かページを行ったりきたりして、野菜の温玉ドリアにしようと決めた。

「決めたよ」
「じゃあ呼ぶぞ」

確認しながら返事を待たずに呼び出しボタンを押す伯父。
すぐに店員はやってきた。

「チーズハンバーグのこのセットで」
そう、メニューを示した伯父が私の方を向く。

「この、野菜の温玉ドリア一つ」
「かしこまりました。チーズハンバーグのスペシャルセットと野菜の温玉ドリア単品ですね?」
「おい、ドリンクバーはいいのか?」
「あーじゃあ追加でお願いします」
「かしこまりました」

そんな長居するの? なんて考えながらも流れに任せて追加する。
店員が居なくなり、私は腰を上げた。

「おじさん何飲む? 一緒に持ってくるよ」
「おう悪いな、じゃあコーヒー、ブラックで」
「ん」

席を離れドリンクバーのコーナーへ行く。
そこで伯父の分の珈琲と、自分用に温かいハーブティーを持って席へ戻った。

「はい」
「おう、サンキューな」

伯父へと珈琲を渡して元いた席へと戻る。……と、申し訳なさそうな視線を向けられた。

「悪い、タバコ、良いか?」
「うん。そうだと思って喫煙席にしたし」

伯父は重度のヘビースモーカーだった。
それを知っていたから、端にあった灰皿を取って目の前に差し出す。

「相変わらず気が利くな」
「やめてよ」

からかうような声に冗談っぽく笑って返して、伯父がタバコに火をつけるのを見届ける。
火が付いたのを確認してから口を開いた。

「それで話って、」
「まぁまぁ。それよりおまえ、こんなに気が利くのに結婚の予定はないのか?」
「はぁ?」

遮って切り出された話題につい顔を顰めてしまう。
こういう話題は、あまり好きじゃない。

「何、そういう話のために呼んだの?」
「だってお前、もう26歳だろ? 彼氏くらいはいるんだよな?」
「ちょっと待って……いきなり、なに? お父さんに何かあったわけじゃないの?」
「ん? アイツは相変わらずだぞ。用があるのはおまえにだ」

――例えば、父が病気だとか。
そんな想像をしていた私は、予想外のことにすっかり面食らってしまった。
だったら来なかったのに、とか、電話で良かったじゃん、だとか。
色々と不満が頭の中を駆け巡る。


「それ、
「チーズハンバーグのお客様?」
「あ、こっち」

文句を言おうとしたのを遮るように店員が皿を置いていく。
仕方なく口を噤んで、頼んだものが出揃うのを待つ。
全て出揃った所で早速ナイフとフォークを持つ伯父を睨んで、私もスプーンを手に取った。

「……いただきます」

口から出たのは、すっかり不機嫌な声。
それを隠すこともせずに、ドリアの上の方の野菜を掬って口に運ぶ。


「そう怒るなよ。悪い話じゃないんだ」

ハンバーグを一口分切って伯父が話し始める。私はあえて何も言わなかった。
伯父が本題を振るのを待って食べ進めていく。
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