レンタル夫婦。
「あ……」

そのせいで、泣いているのがバレてしまう。
慌てて手で目元を拭うと、湊ははぁっと大きなため息を吐いた。
呆れられたのが怖くて俯く。……と、抱きしめられた。

「何でそーなの、いつも」
「え?」
「オレの話もきいてよ」
「なに……?」

湊の腕が優しくて、勘違いしそうになる。
涙が止まらなくて、口の中に涙の味が広がった。

「オレさ……みひろさんのこと、嫌いじゃないよ」
「え?」

そもそも嫌われているとまでは思っていなかたったので、全く予想外の言葉にきょとんとしてしまう。

「あーだから、……そんないやじゃない」
「? どういうこと?」

全然意味が分からない。……と、湊は少しだけ苛々し始める。

「だから、……その、付き合ってもいーよ」
「……え?」

ぽかん。そんな音が聞こえてきそうな程に私は呆然としてしまっていた。
突然紡がれた言葉の意味が全く理解出来ずに、答えを求めて湊を見遣る。

「その……さぁ。オレ、……本当は女の人って苦手で。……ていうか馬鹿にしてて。何か顔ばっかりで近付いてくるし、勝手に色んなイメージ押し付けてくるし? 好きだって言われて付き合ったのに、思ってたのと違う!……とか言ってフラれたりとか、……よくあって。まぁ、その……ウゼーなって」

湊が視線を泳がせる。
驚いてビックリして、私は言葉が出なかった。
それをどう受け取ったのかは分からないけど、湊が続けていく。

「けどみひろさんはちょっと違うっていうか……まぁ、最初は同じだと思ったよ? 明らか顔目当てなのはすぐわかったし……あ、この人もどーせオレの見た目が好きなのね、はいはい。って感じだった。適当に優しくして適当に褒めとけばいいんでしょ? って思って。この仕事もぶっちゃけ楽勝だと思ったよ。こんな簡単なことで200万も貰っていいの? ってぐらい」
「…………」

今まで思っていた湊とかけ離れた言葉たちに、ただただ動揺して見つめることしか出来なかった。
湊はそれを自覚しているのか、気まずそうに顔を逸らす。

「まぁでもさ、……なんていうか反応? みひろさんって結構何でも付き合ってくれんじゃん。オレがやりたいこととか。たぶんみひろさん自身はつまんないかもしれないのに、一緒になってはしゃいでくれたりとかさぁ……そういうの初めてで戸惑ったし、……年上のくせに何か抜けてて、目が離せないっていうか……?」

もだもだと紡がれていく言葉に私の中で一つの答えが出た。

「湊は、私のことがすきなの?」
だからそれをぶつける。と、湊は赤くなった。

「な……っだから、そーゆーとこ。何なの?」
「何なのって言われても……好きってことなんだよね?」
「あー……何でそんな冷静なの? さっきまで泣いてたでしょ」
「んー……湊が余裕ないと、何でか落ち着く?」
「なにそれ性格悪いんだけど」

ジトっという目を向けられて、ついつい笑ってしまう。
頭に手を伸ばして、わしゃわしゃとかき混ぜた。
湊が肩を竦めて目を閉じる。犬みたいで可愛い。

「ねぇ、好きだよ湊。……性格悪い私でもいいなら付き合ってくれる?」

からかうみたいな声になった。
確かに、湊の言う通りだと思う。性格、悪いかも。
でも、普段見れない湊を見れたのが嬉しくて、色んな悩みは吹き飛んでいた。

「あーもう……本当なんなの」

湊は赤くなったまま悔しそうにそう呟く。
何だか、何でなのかは分からないけど、それが愛しくてたまらなくて。
私の方から、キスをした。

湊の目が見開かれるのを至近距離で確認してから目を閉じる。
……とそのまま抱きしめられて唇を食まれた。

「……ずるいよ、みひろさん」
「そうかな? 湊の方がずるいと思うけど」
「あーもう、そう言われたら何も言えないじゃん」

悔しそうな湊を抱きしめてぽんぽんと背中を叩く。
何となく今気付いた。湊は甘えたがりみたい。

「湊、……さっきの返事は?」

照れた顔の湊に顔を近付ける。
湊はう、っと呟いてそれから観念したように溜息を吐いた。

「仕方ないから、……性格悪いみひろさんを貰ってあげるよ」


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