レンタル夫婦。
＊＊＊
「……と、いうわけだ。伝わったか？」
時刻はもう、２１時になろうとしていた。
食事はお互い食べ終え下げて貰い、テーブルには二人分の飲み物と灰皿だけ。
伯父はそこにいくつかの資料を並べて丁寧に説明していった。
要約すると、伯父の可愛がっている社員が、レンタル夫婦の話を発案した。
伯父としてはそのアイディアは面白いと思う。
……が、恋人という設定と違い、夫婦になると住む場所や生活費などがかかってくるため、費用面の問題などから実用的ではない、と上層部が却下したらしい。
それでも伯父や賛成派としては、それをキッカケに結婚から離れている若者を引き戻せるのではないか？ もしかしたら少子化を止める切り札になるかも……？ などと考えているらしく、どうにか実用化されないか色々根回しをしてごり押しをした。
そして、色々と準備を整えいよいよ開始！ という所で、被験者になる予定だった女性が辞退を申し出たらしい。……辞退、というか地元の家族が倒れて急遽帰省しなければなくなったとのこと。
そして他に候補がいないか探したが適任者が見付からず……何故か私なら大丈夫と思った、とのこと。
「んー……話は分かったけど……でも、本当に他にいないの？」
「いないな。男はやりたいやつが山ほどいるんだけどなぁ……どうしても女性は色々とあるだろ？」
「それってさ。もう企画としてダメなんじゃないの？ 夫婦したい女の人がいないってことでしょ？」
「はは……痛いとこつくな」
「いやいや当然でしょ？ もう没にしちゃえば良いじゃん」
何というか全体的に、無理やりというか強引な企画だと思う。
それを指摘すると伯父は困ったように頬を掻いた。
「そりゃあな、そうかもしれないけどよ……住む場所だとかなんだとか色々用意しちまってだな……まぁとにかく後には引けないんだよ。俺の顔を立てると思って……頼む」
この通り！ と伯父は自分の顔の前で両手を合わせる。
「ちょっとやめてよ、そういうの」
ハッキリ言って。こんな風に必死な伯父は初めて見た。
だから、力を貸せるものなら貸してあげたいような気もする。
「あのな、もしもおまえが受けてくれるなら、期間中おまえが今住んでる所の家賃は俺が払う。夫婦として住む場所は勿論家賃がかからねぇから、生活が楽になるだろ？」
確かに、そういうことなら。少しでもお金が浮くのは有難い。
「一応、もう一回確認するけど……一緒に住むからって、その……子作り？ みたいなのはないよね？」
夫婦なんだから当たり前だろう！ なんてセックスを強要されるようでは絶対に無理だと思った。
さっきも訊いたけれど、念には念を入れておく。
「当たり前だろ！ そんなこととなっちゃ俺は殺されちまうぜ」
伯父は当然だとばかりに何度も頷いた。
確かに、そんなことになっては私の父が黙っていないだろう。
「うーん……じゃあ、受けても良いよ」
「本当か？！」
「うん。だってお金かからないんだよね？ 部屋も別っていうし……そんな大変じゃなさそうだし」
「そうかそうか良かった……！ おい、早速だが候補がいるんだ。この中から選んでくれよ」
「え、もう？」
「あんまり時間がないからな」
「ん……分かった」
頷いて先ほど取ってきたほうじ茶を飲む。
先程、とは言っても随分前だからかすっかり冷めてしまっている。
それを飲みこんでぼんやりと考えた。
候補、とは言ってもそういう企画に名乗りをあげるような人なんだから、……所謂モテなさそうな男の人なのかな、なんて。
「今日持ってきたのは三人だな。まぁどうしてもこの三人が嫌なら他にもいないことはないが……まず、一人目。このプロフを見てくれ。池上慎吾、お前と同じ２６歳だ」
そう言って伯父が履歴書のようなものを机に並べる。
左上の方に写真があり、黒髪のメガネで、真面目そうな男性が少し硬い表情で写っていた。
写真以外の部分には身長や体重など外見的なことと、好きな食べ物、女性のタイプなど色々と書いてあるようだ。
「池上くんはな、公務員で将来安泰だな。物凄く好青年だよ。職場では上司に信頼され、後輩には慕われ……お年寄りにも評判がいい」
「うん、真面目そうな人だよね……」
でも、あんまりタイプじゃないなぁ、なんて考える。
たぶんそれが表情に出てしまったのだろう。伯父が顔を顰めた。
「あのな？ おまえ、地味ーとか思ってんだろ？ 確かにパッとしないかもしれないが、本当に気が利くし良い男だぜ？ 子供も好きで、しかも次男だから親の心配も要らないし！ 絶対に浮気もしないタイプだ。結婚するならこういう男の方が良いだろ？」
「んー……一応次も見せて？」
「分かったよ……」
良いとも悪いとも言わず次を促すと伯父は渋々、というように二枚目の紙を取り出した。
「次は、岸啓太、３１歳。おまえの丁度５つ上だな。岸くんはＴ大卒のエリートで、仕事は出来るし、とにかく金を持ってる。乗ってる車も外車だし、記念日のサプライズやプレゼントなんかが好きなタイプだな。女性の扱いには長けていると言って良い。……慣れすぎて不安なくらいだ」
伯父の話を聞きながらプロフィールへと目を通す。身長186ｃｍ体重65キロ。スタイルが良い。趣味は海外旅行にサーフィン、なんて書いてある。
「モテそうだね」
というか、女好きそう……なんて考えてこれなら最初の眼鏡くんの方が良いかな？ なんてぼんやり思った。
「まぁな。で、三人目だが……佐伯湊。年はおまえより下のに」
「！？ 待って嘘！ 山上くんそっくり……！」
出されたプロフィール。
左上に貼られた写真に釘付けになった。
ジェニーズの山上くんそっくりな顔が映っていた。
「え、え？ 本人じゃないよね？！」
「言っただろ。佐伯湊。おまえより年下の２４歳だ」
「さえき、みなと……」
名前を繰り返して写真をもう一度見る。
身長176センチ、体重58キロ。
うわどうしよう……体型まで山上くんとほぼ同じ。
もうそれだけで、胸がドキドキと鳴るのが分かった。
「ね、私この人がいい！」
「は？ おまえ……まだ何も言って、」
「ううん！ この人とだったら生活してみたい！」
すごくない？ だって、山上くんと暮すようなものでしょ？
テンションが上がる私と反比例するように、伯父は思い切り嫌そうに顔を歪ませる。
「あのなぁ。お前、完全に顔で選んでるだろ……人間外見じゃないって何回言えば……」
「だって！ 私はこういう顔が好きなんだもん！ 並んでも恥ずかしくないように努力してるし！ ……良いでしょ？」
「あー……まぁ……引き受けてくるって言うなら色々言えないが」
「決まり！ ね、いつこの人に会える？！」
「あーそうだな、まずは――」
――正直、この時の私は浮かれていたと思う。
だって、ずっと憧れていたアイドルと暮せるみたいで。
時々やる、スマホの恋愛アプリ。アイドルと暮しちゃうやつ。
それにちょっと近い物を感じて、私は一人ドキドキしていたんだ。
「……と、いうわけだ。伝わったか？」
時刻はもう、２１時になろうとしていた。
食事はお互い食べ終え下げて貰い、テーブルには二人分の飲み物と灰皿だけ。
伯父はそこにいくつかの資料を並べて丁寧に説明していった。
要約すると、伯父の可愛がっている社員が、レンタル夫婦の話を発案した。
伯父としてはそのアイディアは面白いと思う。
……が、恋人という設定と違い、夫婦になると住む場所や生活費などがかかってくるため、費用面の問題などから実用的ではない、と上層部が却下したらしい。
それでも伯父や賛成派としては、それをキッカケに結婚から離れている若者を引き戻せるのではないか？ もしかしたら少子化を止める切り札になるかも……？ などと考えているらしく、どうにか実用化されないか色々根回しをしてごり押しをした。
そして、色々と準備を整えいよいよ開始！ という所で、被験者になる予定だった女性が辞退を申し出たらしい。……辞退、というか地元の家族が倒れて急遽帰省しなければなくなったとのこと。
そして他に候補がいないか探したが適任者が見付からず……何故か私なら大丈夫と思った、とのこと。
「んー……話は分かったけど……でも、本当に他にいないの？」
「いないな。男はやりたいやつが山ほどいるんだけどなぁ……どうしても女性は色々とあるだろ？」
「それってさ。もう企画としてダメなんじゃないの？ 夫婦したい女の人がいないってことでしょ？」
「はは……痛いとこつくな」
「いやいや当然でしょ？ もう没にしちゃえば良いじゃん」
何というか全体的に、無理やりというか強引な企画だと思う。
それを指摘すると伯父は困ったように頬を掻いた。
「そりゃあな、そうかもしれないけどよ……住む場所だとかなんだとか色々用意しちまってだな……まぁとにかく後には引けないんだよ。俺の顔を立てると思って……頼む」
この通り！ と伯父は自分の顔の前で両手を合わせる。
「ちょっとやめてよ、そういうの」
ハッキリ言って。こんな風に必死な伯父は初めて見た。
だから、力を貸せるものなら貸してあげたいような気もする。
「あのな、もしもおまえが受けてくれるなら、期間中おまえが今住んでる所の家賃は俺が払う。夫婦として住む場所は勿論家賃がかからねぇから、生活が楽になるだろ？」
確かに、そういうことなら。少しでもお金が浮くのは有難い。
「一応、もう一回確認するけど……一緒に住むからって、その……子作り？ みたいなのはないよね？」
夫婦なんだから当たり前だろう！ なんてセックスを強要されるようでは絶対に無理だと思った。
さっきも訊いたけれど、念には念を入れておく。
「当たり前だろ！ そんなこととなっちゃ俺は殺されちまうぜ」
伯父は当然だとばかりに何度も頷いた。
確かに、そんなことになっては私の父が黙っていないだろう。
「うーん……じゃあ、受けても良いよ」
「本当か？！」
「うん。だってお金かからないんだよね？ 部屋も別っていうし……そんな大変じゃなさそうだし」
「そうかそうか良かった……！ おい、早速だが候補がいるんだ。この中から選んでくれよ」
「え、もう？」
「あんまり時間がないからな」
「ん……分かった」
頷いて先ほど取ってきたほうじ茶を飲む。
先程、とは言っても随分前だからかすっかり冷めてしまっている。
それを飲みこんでぼんやりと考えた。
候補、とは言ってもそういう企画に名乗りをあげるような人なんだから、……所謂モテなさそうな男の人なのかな、なんて。
「今日持ってきたのは三人だな。まぁどうしてもこの三人が嫌なら他にもいないことはないが……まず、一人目。このプロフを見てくれ。池上慎吾、お前と同じ２６歳だ」
そう言って伯父が履歴書のようなものを机に並べる。
左上の方に写真があり、黒髪のメガネで、真面目そうな男性が少し硬い表情で写っていた。
写真以外の部分には身長や体重など外見的なことと、好きな食べ物、女性のタイプなど色々と書いてあるようだ。
「池上くんはな、公務員で将来安泰だな。物凄く好青年だよ。職場では上司に信頼され、後輩には慕われ……お年寄りにも評判がいい」
「うん、真面目そうな人だよね……」
でも、あんまりタイプじゃないなぁ、なんて考える。
たぶんそれが表情に出てしまったのだろう。伯父が顔を顰めた。
「あのな？ おまえ、地味ーとか思ってんだろ？ 確かにパッとしないかもしれないが、本当に気が利くし良い男だぜ？ 子供も好きで、しかも次男だから親の心配も要らないし！ 絶対に浮気もしないタイプだ。結婚するならこういう男の方が良いだろ？」
「んー……一応次も見せて？」
「分かったよ……」
良いとも悪いとも言わず次を促すと伯父は渋々、というように二枚目の紙を取り出した。
「次は、岸啓太、３１歳。おまえの丁度５つ上だな。岸くんはＴ大卒のエリートで、仕事は出来るし、とにかく金を持ってる。乗ってる車も外車だし、記念日のサプライズやプレゼントなんかが好きなタイプだな。女性の扱いには長けていると言って良い。……慣れすぎて不安なくらいだ」
伯父の話を聞きながらプロフィールへと目を通す。身長186ｃｍ体重65キロ。スタイルが良い。趣味は海外旅行にサーフィン、なんて書いてある。
「モテそうだね」
というか、女好きそう……なんて考えてこれなら最初の眼鏡くんの方が良いかな？ なんてぼんやり思った。
「まぁな。で、三人目だが……佐伯湊。年はおまえより下のに」
「！？ 待って嘘！ 山上くんそっくり……！」
出されたプロフィール。
左上に貼られた写真に釘付けになった。
ジェニーズの山上くんそっくりな顔が映っていた。
「え、え？ 本人じゃないよね？！」
「言っただろ。佐伯湊。おまえより年下の２４歳だ」
「さえき、みなと……」
名前を繰り返して写真をもう一度見る。
身長176センチ、体重58キロ。
うわどうしよう……体型まで山上くんとほぼ同じ。
もうそれだけで、胸がドキドキと鳴るのが分かった。
「ね、私この人がいい！」
「は？ おまえ……まだ何も言って、」
「ううん！ この人とだったら生活してみたい！」
すごくない？ だって、山上くんと暮すようなものでしょ？
テンションが上がる私と反比例するように、伯父は思い切り嫌そうに顔を歪ませる。
「あのなぁ。お前、完全に顔で選んでるだろ……人間外見じゃないって何回言えば……」
「だって！ 私はこういう顔が好きなんだもん！ 並んでも恥ずかしくないように努力してるし！ ……良いでしょ？」
「あー……まぁ……引き受けてくるって言うなら色々言えないが」
「決まり！ ね、いつこの人に会える？！」
「あーそうだな、まずは――」
――正直、この時の私は浮かれていたと思う。
だって、ずっと憧れていたアイドルと暮せるみたいで。
時々やる、スマホの恋愛アプリ。アイドルと暮しちゃうやつ。
それにちょっと近い物を感じて、私は一人ドキドキしていたんだ。
