レンタル夫婦。
2章:対面
【2週間前】
「初めまして、本田と申します」
彼女はそう言って名刺を差し出した。
名刺には【株式会社トゥリープ レンタル事業部 アドバイザー 本田ありさ】と書いてあった。
名刺を受け取りながら、改めて彼女を見る。
パンツスーツが似合う細身のスタイル。年は私より少し上の二十代後半に見えた。長めの髪をきっちりまとめていて仕事が出来るイメージ。美人でやや釣り目だからか少し冷たそうに見える。
「こちらこそ初めまして、中原みひろと言います。……えっと、名刺は無いんですけど」
仕事のつもりで来てないし。
なんて、心の中で言い訳をする。本田さんがにっこりと笑った。
「大丈夫ですよ。……立ち話もなんですし、まずは移動しましょうか」
「はい」
頷いて一緒に歩き出す。
今日は、レンタル夫婦の詳細を説明して貰うために伯父の会社へ来ている。
指定されたビルまでやってきて、迎えてくれたのが彼女――本田さんだった。
案内されるままに中に入ってエレベーターへと乗り込むと、彼女は7階のボタンを押した。
「うちは3フロア使っていて、私たちの部署は7階にあるんですよ」
「3フロアって大きい会社なんですね……」
そんなことを言っている間にあっという間に7階へと辿り着く。
本田さんの後に続いて廊下を進み、角を曲がった所にある部屋へと案内された。
扉を開くとそこには別の女性が居て、私達を見るなり慌てたように立ち上がり駆け寄ってくる。
その女性は本田さんに軽い会釈をしてから私へと思い切り頭を下げた。
「初めまして、福井彩乃ですっ」
「あ、初めまして」
何だか勢いに圧倒されると彼女は顔を上げて名刺を差し出した。
「これっ名刺です」
「どうも……」
それを受け取って目線を落とす。
【株式会社トゥリープ レンタル事業部 福井彩乃】と書いてあった。
名刺と福井さんを交互にじっと見る。
目が大きくて、ぽってりした唇。スーツでも分かるぐらい、胸が大きい。
スカートは仕事中にしては少し短めな気がした。
それから対照的な二人を交互に見比べて私も頭を下げる。
「初めまして福井さん。中原みひろです」
「あのっ」
「……とりあえず、座りましょうか」
何か言いかけた福井さんを本田さんが遮った。
顔を向けるとソファーを示される。
改めて部屋を見渡すと応接室のような作りになっているみたいだった。
重厚なソファーが向かいあって並び、その真ん中にガラステーブルが置いてあり、その上には、淹れたばかりのようなお茶が置いてある。
示されたソファーのうちの一つに腰を下ろすと、二人は向かい側に座った。
一応さっき受け取った名刺二枚をガラステーブルへと並べる。
顔を上げると本田さんがにっこりと笑った。
「えーと……中原専務の姪っ子さんなんですよね?」
「え、伯父は専務なんですか?」
訊かれた問いに私は驚きの声をあげた。そんな役職に就いているなんて全く聞かされていない。
本田さんは一瞬困ったように眉尻を下げ、それからこくりと頷いた。
「そうですよ。ご存知なかったんですね」
「はい……仕事の話は全然しないので」
「オジサンと姪っ子ってそんなもんですよねー」
私と本田さんの会話の間に、福井さんの明るい声が響く。にこにこ笑う彼女は悪気がなさそうだ。
「あ、中原さんって紛らわしいんでみひろさんって呼んでもいいですか?」
目が合うとそんな風に訊かれる。一瞬だけ戸惑って、でも否定する理由もなく頷いた。
「はい」
「わぁ嬉しい! じゃあ、私のことも彩乃って呼んで下さい♪ みひろさんってスタイルいいですけど、何か気を付けてることとかありますか?」
にこにこと続けられ内心躊躇う。
助けを求めるつもりでチラリと本田さんを見ると、目が合った彼女は溜息を吐いた。
「福井、仕事中でしょ」
「あ、ごめんなさーい」
「……すみません中原さん、この子今年入社したばかりで……」
福井さんを注意した本田さんは申し訳なさそうに私を見る。慌てて両手を振って否定した。
「いえ、大丈夫ですよ。あまり堅苦しいのもなんですし……本田さんも、私のことは名前で大丈夫です」
「え……、えーと……それじゃあ中原専務と区別するためにもそうしますね」
「はい」
笑顔を浮かべる本田さんはやっぱり美人だなぁと思う。
「あ、じゃあ、みひろさんもありささんって呼びましょ? ね?」
私が見惚れているとまた楽しそうに福井さん……彩乃ちゃんに提案された。
こういう子なんだな、と割り切って頷く。
「えーと、いいですか?」
少し困ったように本田さんを見ると、彼女はふぅっと息を吐いた。
「振り回してすみません。呼び方はお好きなようにどうぞ。……本題に入っても良いでしょうか」
「あ、はい! お願いします」
少し疲れたような本田さん……ありささんにもう一度頷いて姿勢を正す。
彼女は資料のようなファイルを取り出しながら話しはじめた。
「まず確認なんですが……中原専務にはどこまで聞いていますか?」
「どこまでって……えーと、レンタル夫婦ってサービスがあって、その実験に付き合って欲しい? って感じですかね? あ、あと、相手は佐伯湊くん!」
話しているうちにテンションが上がってくるとクスッと笑われた。
何かおかしかったかな、と慌てて視線を送るとありささんは首を振る。
「いえ……失礼しました。みひろさん、すぐに佐伯くんを気に入ったってことだったので、つい」
「え、だって! めちゃくちゃカッコイイですよね?」
何がおかしいのか分からなくて同意を求める。うんうん、と彩乃ちゃんが頷いた。
「私も写真しか見たことないんですけど、カッコイイですよね! ジェニーズ顔というか」
「やっぱり彩乃ちゃんもそう思う?」
「はいっ」
「確かに、カッコイイですよ。顔も小さくて、芸能人かと思いました」
二人で盛り上がるとありささんが口を挟んだ。その、会ったことがあるような話しぶりに益々テンションが上がる。
「ありささんは会った事あるんですか?!」
「一応。……まぁ、佐伯くんには後ほど会わせますので……まずは話を聞いて頂いても良いでしょうか?」
「あ、すみません! テンション上がっちゃって」
私はもう一度姿勢を正して二人を見た。落ち着いたのを確認して、ありささんが話し始める。
「まず、私と福井がこの案件を担当しておりますので、みひろさんは困ったことや分からないことがあればいつでもどちらかに連絡ください。名刺に携帯の番号やアドレスもあるので……ただ、もし緊急でどうしても繋がらない場合には、名刺に書いてある会社の方へ電話してくださいね。誰かしらが出ると思いますので」
「それって深夜とかもですか?」
「そうですね。基本的には24時間体制でサポートしたいと思っています」
改めて名刺を取ってみる。確かに番号やアドレスがあった。
深夜でも……というのは本当に凄いと思う。
「女性社員は私たち二人だけですが、他に男性社員が3人おりますので、そちらへ相談や質問をしても構いませんよ。一応同性の方が話しやすいかと思って今日は二人で来たのですが」
「あ、じゃあ全員で5人なんですか?」
「はい。部署には他にも人はいますが、この件に関わっているのは5人ですね。この後会うかもしれないので、その時に改めて紹介します。」
「はい、わかりました」
どんな人なんだろうって、少しだけ楽しみになる。
ありささんは美人だし、彩乃ちゃんは可愛いから、何となく素敵な男性をイメージしてしまっていた。
「初めまして、本田と申します」
彼女はそう言って名刺を差し出した。
名刺には【株式会社トゥリープ レンタル事業部 アドバイザー 本田ありさ】と書いてあった。
名刺を受け取りながら、改めて彼女を見る。
パンツスーツが似合う細身のスタイル。年は私より少し上の二十代後半に見えた。長めの髪をきっちりまとめていて仕事が出来るイメージ。美人でやや釣り目だからか少し冷たそうに見える。
「こちらこそ初めまして、中原みひろと言います。……えっと、名刺は無いんですけど」
仕事のつもりで来てないし。
なんて、心の中で言い訳をする。本田さんがにっこりと笑った。
「大丈夫ですよ。……立ち話もなんですし、まずは移動しましょうか」
「はい」
頷いて一緒に歩き出す。
今日は、レンタル夫婦の詳細を説明して貰うために伯父の会社へ来ている。
指定されたビルまでやってきて、迎えてくれたのが彼女――本田さんだった。
案内されるままに中に入ってエレベーターへと乗り込むと、彼女は7階のボタンを押した。
「うちは3フロア使っていて、私たちの部署は7階にあるんですよ」
「3フロアって大きい会社なんですね……」
そんなことを言っている間にあっという間に7階へと辿り着く。
本田さんの後に続いて廊下を進み、角を曲がった所にある部屋へと案内された。
扉を開くとそこには別の女性が居て、私達を見るなり慌てたように立ち上がり駆け寄ってくる。
その女性は本田さんに軽い会釈をしてから私へと思い切り頭を下げた。
「初めまして、福井彩乃ですっ」
「あ、初めまして」
何だか勢いに圧倒されると彼女は顔を上げて名刺を差し出した。
「これっ名刺です」
「どうも……」
それを受け取って目線を落とす。
【株式会社トゥリープ レンタル事業部 福井彩乃】と書いてあった。
名刺と福井さんを交互にじっと見る。
目が大きくて、ぽってりした唇。スーツでも分かるぐらい、胸が大きい。
スカートは仕事中にしては少し短めな気がした。
それから対照的な二人を交互に見比べて私も頭を下げる。
「初めまして福井さん。中原みひろです」
「あのっ」
「……とりあえず、座りましょうか」
何か言いかけた福井さんを本田さんが遮った。
顔を向けるとソファーを示される。
改めて部屋を見渡すと応接室のような作りになっているみたいだった。
重厚なソファーが向かいあって並び、その真ん中にガラステーブルが置いてあり、その上には、淹れたばかりのようなお茶が置いてある。
示されたソファーのうちの一つに腰を下ろすと、二人は向かい側に座った。
一応さっき受け取った名刺二枚をガラステーブルへと並べる。
顔を上げると本田さんがにっこりと笑った。
「えーと……中原専務の姪っ子さんなんですよね?」
「え、伯父は専務なんですか?」
訊かれた問いに私は驚きの声をあげた。そんな役職に就いているなんて全く聞かされていない。
本田さんは一瞬困ったように眉尻を下げ、それからこくりと頷いた。
「そうですよ。ご存知なかったんですね」
「はい……仕事の話は全然しないので」
「オジサンと姪っ子ってそんなもんですよねー」
私と本田さんの会話の間に、福井さんの明るい声が響く。にこにこ笑う彼女は悪気がなさそうだ。
「あ、中原さんって紛らわしいんでみひろさんって呼んでもいいですか?」
目が合うとそんな風に訊かれる。一瞬だけ戸惑って、でも否定する理由もなく頷いた。
「はい」
「わぁ嬉しい! じゃあ、私のことも彩乃って呼んで下さい♪ みひろさんってスタイルいいですけど、何か気を付けてることとかありますか?」
にこにこと続けられ内心躊躇う。
助けを求めるつもりでチラリと本田さんを見ると、目が合った彼女は溜息を吐いた。
「福井、仕事中でしょ」
「あ、ごめんなさーい」
「……すみません中原さん、この子今年入社したばかりで……」
福井さんを注意した本田さんは申し訳なさそうに私を見る。慌てて両手を振って否定した。
「いえ、大丈夫ですよ。あまり堅苦しいのもなんですし……本田さんも、私のことは名前で大丈夫です」
「え……、えーと……それじゃあ中原専務と区別するためにもそうしますね」
「はい」
笑顔を浮かべる本田さんはやっぱり美人だなぁと思う。
「あ、じゃあ、みひろさんもありささんって呼びましょ? ね?」
私が見惚れているとまた楽しそうに福井さん……彩乃ちゃんに提案された。
こういう子なんだな、と割り切って頷く。
「えーと、いいですか?」
少し困ったように本田さんを見ると、彼女はふぅっと息を吐いた。
「振り回してすみません。呼び方はお好きなようにどうぞ。……本題に入っても良いでしょうか」
「あ、はい! お願いします」
少し疲れたような本田さん……ありささんにもう一度頷いて姿勢を正す。
彼女は資料のようなファイルを取り出しながら話しはじめた。
「まず確認なんですが……中原専務にはどこまで聞いていますか?」
「どこまでって……えーと、レンタル夫婦ってサービスがあって、その実験に付き合って欲しい? って感じですかね? あ、あと、相手は佐伯湊くん!」
話しているうちにテンションが上がってくるとクスッと笑われた。
何かおかしかったかな、と慌てて視線を送るとありささんは首を振る。
「いえ……失礼しました。みひろさん、すぐに佐伯くんを気に入ったってことだったので、つい」
「え、だって! めちゃくちゃカッコイイですよね?」
何がおかしいのか分からなくて同意を求める。うんうん、と彩乃ちゃんが頷いた。
「私も写真しか見たことないんですけど、カッコイイですよね! ジェニーズ顔というか」
「やっぱり彩乃ちゃんもそう思う?」
「はいっ」
「確かに、カッコイイですよ。顔も小さくて、芸能人かと思いました」
二人で盛り上がるとありささんが口を挟んだ。その、会ったことがあるような話しぶりに益々テンションが上がる。
「ありささんは会った事あるんですか?!」
「一応。……まぁ、佐伯くんには後ほど会わせますので……まずは話を聞いて頂いても良いでしょうか?」
「あ、すみません! テンション上がっちゃって」
私はもう一度姿勢を正して二人を見た。落ち着いたのを確認して、ありささんが話し始める。
「まず、私と福井がこの案件を担当しておりますので、みひろさんは困ったことや分からないことがあればいつでもどちらかに連絡ください。名刺に携帯の番号やアドレスもあるので……ただ、もし緊急でどうしても繋がらない場合には、名刺に書いてある会社の方へ電話してくださいね。誰かしらが出ると思いますので」
「それって深夜とかもですか?」
「そうですね。基本的には24時間体制でサポートしたいと思っています」
改めて名刺を取ってみる。確かに番号やアドレスがあった。
深夜でも……というのは本当に凄いと思う。
「女性社員は私たち二人だけですが、他に男性社員が3人おりますので、そちらへ相談や質問をしても構いませんよ。一応同性の方が話しやすいかと思って今日は二人で来たのですが」
「あ、じゃあ全員で5人なんですか?」
「はい。部署には他にも人はいますが、この件に関わっているのは5人ですね。この後会うかもしれないので、その時に改めて紹介します。」
「はい、わかりました」
どんな人なんだろうって、少しだけ楽しみになる。
ありささんは美人だし、彩乃ちゃんは可愛いから、何となく素敵な男性をイメージしてしまっていた。