レンタル夫婦。
***
「――それから、こちらの資料が住んで頂く部屋の間取りになります」
ありささんがファイルの中から新しい紙を取り出して私に見せる。
2LDKのマンション。
玄関を入って廊下の一番奥にLDK。バルコニー付き。
その手前の左側に洋室が二つ。右側には、トイレやバス、洗面所など。
「ここに住むんですか?」
「はい。こちらが写真になります」
ありささんが並べていく資料に目を通していく。
築浅で新しい感じのする建物。
段々実感が湧いてきて、ドキドキしてくる。
「家賃などはもちろん不要ですので……それから、カメラはここに仕掛けます」
「え?」
ありささんが指を差しながら言った言葉を、一瞬理解出来なかった。
ぽかんとしてしまうと首を傾げられる。
「えーと……専務に聞いてませんか?」
困った顔と目が合った。
思い切り首を振る。
「何も聞いてないです」
「え、えーと……どうしようかな」
ありささんが狼狽えた。私はありささんが指を差す写真をもう一度見つめ、それから彼女を改めて見た。
「今、カメラって言いましたよね?」
「はい……えーと、カメラと盗聴器を仕掛けさせて頂きます」
「盗聴器?!」
物騒な響きに思わず声をあげてしまう。
驚いたようなありささんと彩乃ちゃんが映って、慌てて姿勢を正した。
「あ……ごめんなさい。えっと、盗聴器とカメラを仕掛けるんですか?」
「そうですね。お二人の生活を監視する必要があるので……」
どうしよう。そんなの聞いてない。
聞いてたら、引き受けなかったのに。
「全部筒抜けってことですか?」
急に不安になったせいで、声のトーンが下がる。
ありささんが慌てたようにフォローをした。
「監視すると言ってもこのリビング、ダイニングキッチンの所だけですので……もちろんお二人の部屋にはそんなものありませんし、盗聴器の内容やカメラもまずは私と福井でチェックをして、問題があるようなものは会社には提出しませんし!」
何だか必死なありささんに、逆に申し訳なさがこみ上げてくる。
「そう……なんですね。なら、たぶん……何とか、なります」
だから、そんな風に言うしかなくて。
ホッとしたようなありささんに私は笑ってみせた。
**
それから、説明などが続き、分からないことは質問した。
基本的には仕事や遊びは普通に行って良いみたいで、帰る家が変わるという認識。
不安もいっぱいだけど、こうなったら腹を括るしかないと思う。
何よりも、霰のために!
「――とりあえず、以上になります。他に質問はありませんか?」
「今のところは大丈夫、です」
「良かった。もし何かあればいつでもどうぞ」
一通りは終わったらしい。
するとありささんが時計をチラリと見て笑顔を向けた。
「それでは、15分程休憩にしましょう。今は14時34分なので……50分まで休んでください。新しいお茶と何かお茶請けもお持ちしますね。15時5分前にはここを出たいので……あ、お手洗いとか行かれます?」
「一応行っておきます」
「はい。ご案内します」
頷いて立ち上がる。……と、彩乃ちゃんに声を掛けられた。
「あ、みひろさん」
「?」
「私、この後は別の仕事があるので……お先に失礼しますね」
振り向くと頭を下げられ、私も軽く頭を下げる。
「そっか、じゃあまた……これからよろしくね」
「はいっ。では、失礼します」
すっかり友達のように話しかけると、にこにこと彩乃ちゃんは出ていった。
「では、行きましょうか」
「はい。……この後は、どうなるんですか?」
「佐伯くん達と一緒に細かい段取りの説明や相談になります」
「え! ……あの、ついに会えるんですか?」
ありささんと一緒に部屋を出るとそんな事を言われ私は思わず足を止める。
ありささんはクスリと笑った。
「はい、是非色々と話して下さいね。あ、女性用化粧室はこちらになります」
「有難うございます。……では、また」
ありささんに案内された化粧室に入り、中に居た人に軽く会釈をして個室にこもる。
どうしよう、叫びたい。……叫ばないけど。
トイレを済ませて何回も深呼吸をして、個室から出る。
手を洗って、鏡の前で持ってきた鞄から化粧ポーチを出して化粧を直す。……変じゃ、ないかな?
私はあんまり濃すぎる化粧はしないけど、急に不安になってきて、パウダーを全体に叩きチークも少しだけ入れ直して、マスカラも直した。仕上げに、薄い色のグロスを塗る。
――たぶん、大丈夫。うん、きっと可愛い……はず。
そう、自己暗示をかけてから化粧室をあとにして部屋へと戻る。
「おかえりなさい。これ、紅茶とクッキーです。良かったら」
待っていてくれたらしいありささんに迎えられ、ソファーへと戻る。
良い香りのする紅茶と、おいしそうなクッキー。
お菓子はあんまり食べないけれど、頂くことにして一口齧る。
普段使わない頭を使ったからか、甘い物が凄くおいしく感じた。
「これ、おいしいです」
「良かった。……じゃあ私は準備してくるので、少しゆっくりしていてくださいね」
「はい」
軽く頭を下げてありささんが出てくる。
慣れない場所に一人きり。
少し緊張もするし不安もあるけど、温かいお茶が癒してくれる。
何より、これからあの写真の相手と会えると思うとテンションは上がって、期待とドキドキが入り混じった気持ちで私はゆっくりと時間までを過ごした。
「――それから、こちらの資料が住んで頂く部屋の間取りになります」
ありささんがファイルの中から新しい紙を取り出して私に見せる。
2LDKのマンション。
玄関を入って廊下の一番奥にLDK。バルコニー付き。
その手前の左側に洋室が二つ。右側には、トイレやバス、洗面所など。
「ここに住むんですか?」
「はい。こちらが写真になります」
ありささんが並べていく資料に目を通していく。
築浅で新しい感じのする建物。
段々実感が湧いてきて、ドキドキしてくる。
「家賃などはもちろん不要ですので……それから、カメラはここに仕掛けます」
「え?」
ありささんが指を差しながら言った言葉を、一瞬理解出来なかった。
ぽかんとしてしまうと首を傾げられる。
「えーと……専務に聞いてませんか?」
困った顔と目が合った。
思い切り首を振る。
「何も聞いてないです」
「え、えーと……どうしようかな」
ありささんが狼狽えた。私はありささんが指を差す写真をもう一度見つめ、それから彼女を改めて見た。
「今、カメラって言いましたよね?」
「はい……えーと、カメラと盗聴器を仕掛けさせて頂きます」
「盗聴器?!」
物騒な響きに思わず声をあげてしまう。
驚いたようなありささんと彩乃ちゃんが映って、慌てて姿勢を正した。
「あ……ごめんなさい。えっと、盗聴器とカメラを仕掛けるんですか?」
「そうですね。お二人の生活を監視する必要があるので……」
どうしよう。そんなの聞いてない。
聞いてたら、引き受けなかったのに。
「全部筒抜けってことですか?」
急に不安になったせいで、声のトーンが下がる。
ありささんが慌てたようにフォローをした。
「監視すると言ってもこのリビング、ダイニングキッチンの所だけですので……もちろんお二人の部屋にはそんなものありませんし、盗聴器の内容やカメラもまずは私と福井でチェックをして、問題があるようなものは会社には提出しませんし!」
何だか必死なありささんに、逆に申し訳なさがこみ上げてくる。
「そう……なんですね。なら、たぶん……何とか、なります」
だから、そんな風に言うしかなくて。
ホッとしたようなありささんに私は笑ってみせた。
**
それから、説明などが続き、分からないことは質問した。
基本的には仕事や遊びは普通に行って良いみたいで、帰る家が変わるという認識。
不安もいっぱいだけど、こうなったら腹を括るしかないと思う。
何よりも、霰のために!
「――とりあえず、以上になります。他に質問はありませんか?」
「今のところは大丈夫、です」
「良かった。もし何かあればいつでもどうぞ」
一通りは終わったらしい。
するとありささんが時計をチラリと見て笑顔を向けた。
「それでは、15分程休憩にしましょう。今は14時34分なので……50分まで休んでください。新しいお茶と何かお茶請けもお持ちしますね。15時5分前にはここを出たいので……あ、お手洗いとか行かれます?」
「一応行っておきます」
「はい。ご案内します」
頷いて立ち上がる。……と、彩乃ちゃんに声を掛けられた。
「あ、みひろさん」
「?」
「私、この後は別の仕事があるので……お先に失礼しますね」
振り向くと頭を下げられ、私も軽く頭を下げる。
「そっか、じゃあまた……これからよろしくね」
「はいっ。では、失礼します」
すっかり友達のように話しかけると、にこにこと彩乃ちゃんは出ていった。
「では、行きましょうか」
「はい。……この後は、どうなるんですか?」
「佐伯くん達と一緒に細かい段取りの説明や相談になります」
「え! ……あの、ついに会えるんですか?」
ありささんと一緒に部屋を出るとそんな事を言われ私は思わず足を止める。
ありささんはクスリと笑った。
「はい、是非色々と話して下さいね。あ、女性用化粧室はこちらになります」
「有難うございます。……では、また」
ありささんに案内された化粧室に入り、中に居た人に軽く会釈をして個室にこもる。
どうしよう、叫びたい。……叫ばないけど。
トイレを済ませて何回も深呼吸をして、個室から出る。
手を洗って、鏡の前で持ってきた鞄から化粧ポーチを出して化粧を直す。……変じゃ、ないかな?
私はあんまり濃すぎる化粧はしないけど、急に不安になってきて、パウダーを全体に叩きチークも少しだけ入れ直して、マスカラも直した。仕上げに、薄い色のグロスを塗る。
――たぶん、大丈夫。うん、きっと可愛い……はず。
そう、自己暗示をかけてから化粧室をあとにして部屋へと戻る。
「おかえりなさい。これ、紅茶とクッキーです。良かったら」
待っていてくれたらしいありささんに迎えられ、ソファーへと戻る。
良い香りのする紅茶と、おいしそうなクッキー。
お菓子はあんまり食べないけれど、頂くことにして一口齧る。
普段使わない頭を使ったからか、甘い物が凄くおいしく感じた。
「これ、おいしいです」
「良かった。……じゃあ私は準備してくるので、少しゆっくりしていてくださいね」
「はい」
軽く頭を下げてありささんが出てくる。
慣れない場所に一人きり。
少し緊張もするし不安もあるけど、温かいお茶が癒してくれる。
何より、これからあの写真の相手と会えると思うとテンションは上がって、期待とドキドキが入り混じった気持ちで私はゆっくりと時間までを過ごした。