Who?
時刻は午後九時。
 なにかが起こる九時。
 勢いでアオイもビールを一缶飲んだ。その間にも井上ユミはビール缶をどんどん開けていく。彼女の癖でビールを飲み干した後、ビール缶を潰す癖がある。潰した後に言う言葉が、「気持ちいい」だ。この場の状況でその単語を言われると、アオイはなにもいえない。
 考えすぎか、考えすぎだろう。
 下半身の居所が右往左往している。
「ねえ」とソファーにもたれていた井上ユミがアオイの肩にもたれかかってきた。
「なに?」
 アオイはいった。
「こっちを向いて」とアオイの頬に手を添えくいっと彼女に向けた。彼女の顔はナチュラルだった。メイクなし。下着のみ。服を着ろ、とは彼は言わなかった。なぜだろう、言わない方がこの場の雰囲気にはいいと判断した。
「経験に乏しいんだ」
「最後にやったのはいつ?」
「街頭でビラ配りをしていた女性とかな」
 彼女はふっと笑った。
「コスチュームとか着ている女性でしょ」
「そうだね。会社支給のコスチュームを着て、キャンペーン中です。お願いします。てやつだね」
「よく最後までいったわね」
「ほら、容姿はそこそこ優れているから」
「それだけで女性はついていかないわ」
「褒めて、美味しい食事に連れてって、見つめて微笑む。最後に、コーヒーを一緒に飲む。ただそれだけだよ」
「なら十分ね」
 彼女の言葉は合図だった。
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