Who?
人は思考と感情でできている。
 音が感情を。思考を司る媒体は井上ユミ。だが、井上ユミに恋をしているのではない。音に恋をしているのだ。今まで付き合った女性、これから出会うだろう魅力的な女性よりも、この破壊的であり破滅的な音は、アオイの何かを変えようとしていた。音楽は芸術だ。芸術に魂が宿り、その人となりの人生観が宿る。なんだろう、この切迫した緊張感は。なんだろう、いい知れぬ虚無感は。なんだろう、抗えぬ恍惚感は。アオイは唾を飲み込んだ。唇が乾いた。季節は春だ。空気は乾燥していない。彼自身の水分が体外に気化しているのだろう。ビールが飲みたい。アオイは水分を欲していた。彼の感情を無視するかのように一曲目は終わり、二曲目に突入した。左から右へと階段を駆け上がるように音が波打つ。かと思うと鍵盤を叩く。リズムは三連符、六連符、九連符と楽譜にはないであろう即興演奏が続いた。聴衆の額には汗が流れ、威圧でもあり静謐の演奏に体感の寒暖差は否めない。
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