私のエース
 白々と朝が開ける。
みずほの通夜も開けてくる。
それはみずほとの永遠の別れの日になることを意味していた。


線香番をかって出た俺。
自己満足かも知れないけど、少しでも傍にいてやりたかったんだ。


俺は未だに泣けてない。心は悲鳴を上げているのに……




 朝が好きだった。
何も考えずに思いっきりサッカーに打ち込めるからだ。


でもそれはたてまえ。
本当はみずほに会えるからだ。
示し合わせて、愛の時間を堪能するのだ。


『オハヨー』
『好きだよ』
『アイシテル』
なんて言いあって……


でもあの日は言えなかった。凄く凄く言いたかったのに……。
みずほは何時も赤い糸を持っていて、サッカーグランドの見える木に結び付けるんだ。『サッカーが上達しますように』そう言いながら……
『はい、私のおまじない効くのよ』みずほはその後でその糸を俺のスパイクの中に入れるんだ。




 でも今日の夜明けは嫌いだ。
みずほの告別式が待っているから……


みずほの最期を俺は知らない。
きっと苦しかっただろう。
虚しかっただろう。
あれこれと想像する。
それでも、涙は溢れ出ない。


俺は又、泣くための卑怯な手段を取ろうとしていた。
思い付く限りの悲しみことを考えるんだ。
こうなりゃみずほ絡みで無くてもいい。
俺は其処まで追い詰められていた。



 何処かで携帯電話が鳴っていた。
その音で振り返ると叔父さんがバツの悪そうな顔をして立っていた。


「ごめん。脅かすつもりは無かったんだ」

叔父さんはそう言いながら携帯をポケットから取り出した。


「目覚ましだよ。電源切るの忘れてた」

叔父さんは作り笑いを浮かべながら、ふいに俺の頭を胸に押し付けた。


「瑞穂、悲しい時は思いっきり泣け」

優しさのつもりなのか?
でも泣けない俺には今の言葉はショックだった。


「ごめん叔父さん、俺泣けないんだ。何だか解らないけど涙が出て来ないんだ。悲しいんだよ。辛いんだよ。でもダメなんだ」

俺は誰にも言えないことを打ち明けた。
それほど叔父さんを信頼していたのだ。


「ごめん瑞穂。余計なこと言ってしまった。そう言えば、俺も泣けなかったな。あまりにも突然で……、何をすることも出来なかった。俺もあの時泣けなかったんだ」

叔父さんの腕に力がこもる。
俺は叔父さんの胸に顔を着けて泣く実験をしようとしていたのだった。
それでも……
俺の頬には何もつたわってはこなかった。




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