私のエース
 「有美ちゃん。雀と燕の言い伝え知ってる」

私は首を振った。


「雀と燕は昔は兄弟だったんだって。あれっ、姉妹だったかな? ま、それは抜きにして……」

継母は少し間をおいてから再び話し始めた。


「二人の元に母親が亡くなったと悲報が届けられたの。雀はすぐに実家に向かったの。でも燕は喪服を誂えてから行ったそうよ」


「えっ!? そんな……」


「有美ちゃんも解った。燕も一刻も早く駆け付けるべきだったの。父親はそのことに激怒したの。そして雀にはお米を食べることを許したけど、燕には虫だけ食べて暮らすことを言いつけたの」


「つまり、葬儀で大切なのは服装ではないってことなのね」


「そうよ。肝心なのは、その人を見送る心構えってことよ」


継母は優しく、私に語ってくれた。
それは、急な訃報を受けて気が動転しているはずの私が喪服の話しをしたからだ。
もしかしたら、継母は何かを感じ取ったのかも知れない。




 「お母さん。これからどうする?」


「どうするって?」


「お父さんが居なくなったのだから、もう自由よ」


「有美ちゃん、そんなこと考えていたの?」


「だって……」
私は泣いていた。父のための涙じゃない。
継母を哀れんでいたのだった。


「有美ちゃん。お父さんは素晴らしい人よ。仕事は出来て頭はキレるしね」


「でも、そのせいでお母さんは」


「私が犠牲になったと思ったの?」

思わず私は頷いた。


「ありがとう。有美ちゃん」

初夏だと言うのにアカギレている手で私の手を握った。




 継母には言えない。言えるはずがない。
担任との浮気現場の写真を撮るために探偵事務所に依頼したことや、その証拠画像を父に見せたことで発作に繋げた作戦を……


継母にそのことに感付かれないようにしなくてはいけないと思っていた。
私は本当にズルい娘だったのだ。




 通夜の準備のために遺体は市内にある斎場に運ばれた。
其処で葬儀も執り行われる手はずだった。


「後は私達がやりますから、奥様とお嬢様は控え室でお休みください」
社員らしき人が言った。


そんなこと言われても休んでなんかいられない。
きっと死因は何かが話題に上るはずだから……


「ありがとうございます。でも此処に居させてください」


私はそう言った後で、邪魔にならない場所で父を見ていた。
悲しみに打ち沈んでいるような顔付きを意識しながら……



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