私のエース
 俺は有美を自宅まで送ってから、イワキ探偵事務所を訪ねた。


大通りから一本、中に入った道。
古い木造アパートの二階。

東側の窓に手作り看板。

《イワキ探偵事務所》
はあった。


借りてたワンピースを脱いでシャワーを浴びる。


悪夢を忘れようと頭をかきむしる。

それでも、周りに飛び散らないように気を遣う。


小さな浴室の窓を月明かりが照らしていた。




 (俺のせいでみずほは死んだ! 俺がレギュラーを狙ったために……俺がみずほを好きになったせいで……)

後から後から涙が溢れる。
今まで泣けなかった分も一緒に……


(町田百合子はきっと橋本翔太のためだろう。そして福田千穂は、みずほから俺を奪うのが目的で……)


そのためにみずほがクラスメートの餌食にされた。


その事実を岩城静江にどのように伝えれば良いのか。

俺は考えあぐねていた。


小さなバスタブに身を屈めて入る。

涙が波紋となって広がった。




 一度泣くと癖になるのだろうか。
涙が後から後から止まらなくなった。

バスタブが溢れてしまうのではないかと思った。

それ程悲しみが溜まっていた。

胸が引き裂かれそうになっていた。

恋人が殺されたと言うのに涙の一つも零さない、薄情な男だと思っていたから尚更なのだろうか。


(みずほーー!!)
声に出して叫びたい。
何もかもかなぐり捨ててみずほの元へ行きたい。

俺は生きて行くことが恐ろしくなっていた。


(なあ、みずほ。俺どうしたらいい? どうしたら有美を助けられる? どうしたら、千穂を説得出来る?)

俺はみずほに救いを求めていた。

月明かりの照らす小さなバスルーム。


今日の俺はなかなか其処から上がることが出来なかった。
湯が冷めていることにも気付かずに、俺は其処にいた。




 千穂に有美を殺させたくない。
そう思いながらふと窓を見た。

換気のために開けた隙間から射し込む月の光に、みずほの優しさが漂っているように思えた。


(ごめんみずほ……心配かけたね。俺頑張るから……絶対に有美を守ってみせるから……)

俺はこれ以上みずほに甘えてはいけないと思った。
みずほが安心して旅立つためにも……




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