私のエース
 「あれっ瑞穂?」
俺の顔を見て泣いたのが判ったのか、叔父さんはそっと頷いた。


『瑞穂、悲しい時は思いっきり泣け』葬儀の朝の叔父さんの言葉が脳裏によぎる。

だから、俺もそっと頷いた。

無言の時間の共有が二人の絆を強めるような気がした。


「ところで、さっきの女の子だけど……。多分どっかで会ったことがあると思うんだけど、思い出せないんだ」
珍しく叔父さんが弱音を吐いた。


『記憶は探偵の命だ』何時もそう言っていたのに……


叔父さんは暫く腕を組んで考えているようだった。


その時俺は《イワキ探偵事務所》のロゴの入った封筒を思い出した。


そのロゴは小さくて目立たないようにしてあった。

それは叔父さんの気配りだった。


お客様のプライベートな事を調査したりする探偵業。

それを全面に打ち出さないように配慮したのだ。


(あー! あの写真!)


俺は思い出していた。


有美が俺に見せた写真は、偶然先生の浮気現場に遭遇した時の物だったのだ。


(グレーのスーツ……紺の上下…間違いない!)


松尾有美はきっとずっと前から知っていたんだ。
俺が叔父さんの探偵事務所でアルバイトをしている事を。

女装して、叔父さんの恋人の振りをしてラブホに出入りしていることを。


だから此処を選んだに違いない。


「叔父さん解ったよ。あの子はきっと依頼人だと思うよ」


「依頼人? あの子がか?」


「あの子俺の同級生で、松尾有美って言うんだ。この探偵事務所の封筒に写真が入ってた」

俺は松尾有美の所持していた写真が、ラブホで会った二人だったことを話した。




 「確かに名前は松尾だけど……」
叔父さんは依頼書を確認ながら言った。


「もっと年上の筈だ。確認は保険証だったけど」


「気付かなかったの?」
皮肉を込めて俺は言った。


「面目ない」
すっかり悄げた叔父さん。


「お前と同じだ。きっと変装したんだよ。男が女に見えるんだ。化粧次第でどうにでも変われる筈だ」

肩を落とながら、言い訳を繰り返した。


俺は何時も、クラフト封筒に同系色の《イワキ探偵事務所》のロゴを目にしていた。
だから気付いたんだ。


きっと普通の人だったら気が付かないだろう。
きっと有美も知らなかったと思う。

だから堂々と俺に見せられたのではないのだろうか?


『知ってるの? あっ、そうか。だったら早いわ』あれは、きっとそう言う意味だったんだ。




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