私のエース
 大通りから一本、中に入った道。
古い木造アパートの二階。

東側の窓に手作り看板。

《イワキ探偵事務所》
はあった。


2Kの間取り。
小バスユニット付き。
出来た当初はきっと斬新だったんだろう。
でも今は外階段に赤錆もそのまま放っておかれてる。


通路側に開くドア。
靴置き場のみある玄関。

その横に広がる、四畳半程の洋間に小さなテーブルセットと冷蔵庫。

きっと団欒の場だったのだろう。

其処を仕事場にして、方開きの押し入れを書類棚にしていた。

一畳程のキッチンは流しと二口ガスコンロのみ。
キャスターがロックしてある可動式のワゴンは食器置き場になっており、上部にまな板を置いて調理していた。


玄関のすぐ脇にある扉の奥は、さっき俺の入ってた約一坪のシャワー次バスルーム。
其処には小さなトイレも付いていて、夫婦二人暮らしには手頃だったのだろう。


実は当初は仮宿所にするはずだったらしい。

警察には家族寮があり、いずれは其処へ移るつもりだったのだ。


『まさか此処でずっと暮らす事になるなんて』

叔父さんは何時も言っていた。




 愛の巣だったと思われる、六畳の和室の押し入れをベッド代わりにしてる叔父さん。
その下のスペースに、沢山の衣類。


「初めて此処に来た時これを着ていたのを思い出してな。歩き辛いって言ってたような事、さっき思い出したんだ」
叔父さんはそう言いながら、大事そうに衣装ケースにワンピースを締まった。


もしかしたら、見た目だけで選んだ洋服ってそのワンピースだったのかな?

確かに可愛らしいワンピースだった。
恋人のために、叔父さんのために。
可愛い女性になるために。
俺は叔父さんが急に羨ましくなった。




 以前母に、何故叔父さんが押し入れで眠るようになったのかを聞いたことがあった。


それは嗚咽を隠すためだった。

亡くなった妻が心配しないように……

それでも泣きたい時は泣くように……

叔父さんは心の闇を、更に闇で包み込もうとしていたのだ。


叔父さんはきっと母が気付いていると思ってはいないだろう。


でも叔父さんはまだ、其処から立ち上がれないままにいた。

それを知っている母だからこそ、俺を此処にアルバイトさせてくれているのだと思う。

だから俺が此処に入り浸っていても文句一つも言わないんだ。
叔父さんはたったひとりの弟だったから。




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