君の声がきこえない
 どれくらい時間が経っただろうか。海斗はやっとの思いで立ち上がると、力ない足取りで家路についた。いつの間にか辺りは夕陽色に染まっていた。
海斗の頭の中は明日のことで占められていた。父や母、先生に思い切って言おうかとも考えたが、そんなことをしたら福田達に後で何をされるか分かったものではない。海斗は悩みに悩んでいた。
――この耳から聞こえてくるのは汚い言葉ばかり。もう何も聞きたくない。誰からも貶けなされたくない
海斗はいつしかそう思うようになっていた。
 ふと脇を見ると、一体のお地蔵様が立っているのが見えた。こぢんまりとした、かなり古そうなお地蔵様だ。誰も拝みに来ないのか、お供え物は何一つとして置かれていない。心なしかお地蔵様の表情も寂しげに見える。
「こんなところにお地蔵様なんてあったっけ」
海斗はどうにもそのお地蔵様が気になった。そして、藁わらにも縋すがる思いで願った――
――どうか明日、耳が聞こえなくなりますように
ふと我に返り、どうにも可笑おかしくなった。自分がどうにも滑稽こっけいに思えた。
「こんなお地蔵様に願ったところで本当に叶うわけないのに。どうかしてるな、俺は」
一瞬笑った海斗のその顔はどこか悲しげに見え、絶望の色さえも滲にじませていた。
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