焦れきゅんプロポーズ~エリート同期との社内同棲事情~
『それと……役付者というのは、社会的にも私生活の安定が求められる。君、結婚を考えている女性はいるのかね?』


今まで話題にされたことのない妙にリアルなその言葉に、ドクンと心臓がリズムを狂わせた。


『ちょうどよく紹介出来る女性がいる。やはり、上に立つ人間はどんなに若くても妻帯者が安心だからね』


世間一般的な古い慣習とは言え、『責任』を背負う人間が強いのは俺もわかる。
だけど、まさに別れ話を持ちかけられたところで、胸を張って『彼女がいる』とは言えなかった。


『もうこれ以上は意味がない』


智美が言ったその言葉の意味を、俺も薄々は感じている。


『結婚しよう』と口にするだけなら、俺は簡単に出来る。
今まで真剣に考えたことはなかったけれど、『結婚』を考えるなら間違いなく智美だけだ。


けれど……。
自分の出世に有利だから。
部長に促されたから。
そんな打算が胸にあるのを否めない今、このタイミングで言うべきじゃないと思う。


それにそれが今正しい言葉なのか判断出来ない。
別れるつもりでいる智美に一段飛びで『結婚』を申し出るのは、間違っているような気がする。


閉じた目の上で両手の指を組み合わせて照明を遮りながら、俺は少しずつ睡魔に意識を蝕まれ始める。
眠りに落ちていくさなか、俺の頭を過ったのは、また違う智美の言葉だった。


『私たち、恋人じゃなくなってきてる』


その意味を考えながら、俺は意識を手放した。
< 57 / 114 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop