焦れきゅんプロポーズ~エリート同期との社内同棲事情~
浴室には、ちゃんと智美が使った跡がある。
濡れた床も湿った空気も。
部屋に一つしかない共有スペースにだけ、智美の存在を感じる。


まだちゃんと別れたわけじゃない。
俺たちは『恋人』のまま一緒に暮らしているはずなのに、智美の気配を感じない部屋。
そばにいる分だけ、隔てられた距離を感じてとてももどかしくなる。


シャワーを終えてハーフパンツを履くと、タオルを首に掛けて上半身は裸のままリビングに戻った。
エアコンを作動させた部屋は涼しく、心地いい。
肩に掛けたタオルで髪を拭きながら、俺は智美の気配を探るように寝室に目を遣った。
寝室のドアの隙間からは、まだ明かりが漏れたままだ。


俺は一度逡巡してから、寝室のドアの前に立った。
ドアの向こうから、ほんのわずかな物音が聞こえる。


「智美」


思い切って声をかけた。
途端に、ピタッと物音も聞こえなくなる。


「智美、起きてるだろ?」


繰り返しドアの外から声をかけると、わずかな沈黙の後、「何?」と短い声が返ってきた。


「帰って来てからずっとそこにいるのか? テレビもないのに、退屈だろ?」


智美は黙っている。
否定しないと言うことは、俺の言葉が正しいということだ。
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