先生、恋ってなんですか?
まぁいい、と先生はため息を吐いて私にデコピンする。
いつも思うけど、先生のデコピンは地味に痛い。
「昼間のことだけどな。……お前には感謝してんだよ、これでも」
先生は視線を空に向けたまま話し出す。
もしかしたら先生は、今日1日考えていてくれたのかもしれない。
「両親が居なくなって……やっぱ遠いからな。引き継ぎだなんだって、仕事も辞めざるをえなくて。でもこっちにはこっちで、塾に残った生徒がいて。そいつらだけ見送って、今期だけでもう塾なんてやめちまうか、てなってた」
「うん」
「学校でのノウハウなんてのは塾経営とはやっぱ違うしな。勉強の指導はできても、そういうことの一切はお袋任せだったから。俺はどっちかって言うと、雇われてた方が楽だったから、閉めるしかないかな、ってな」
そこで先生は、ようやく私の顔を見る。
その瞳が穏やかなのに、何故か、聞くこともできねぇし、やんなきゃいけないことは山積みだしな、と自虐的に笑う。
緩まない歩調は、心の内を話している照れ臭さの表れかな。
「でも……お前に久々に会って、現実と向き合いながら必死になってるお前見てたら、俺、なんもしてねぇなぁってさ。もともと夢なんてでっかいもんは無かったんだけどさ」
「先生、それは教師として胸にしまっておこうよ」
「教師だって蓋開けりゃただの人だよ。教師になるのが夢だったやつなんて半分くらいなもんだろ」
「うわぁ、そゆこと言っちゃう?」
「言っちゃうねぇ。でも……なんだ、お前見てたら、ここで両親が残してくれた、ここで、やってみるのも悪くねぇかなって思ったんだよ」
お腹の底が熱くなって、なにかが込み上げてくる。
先生は私のそれに気づかないまま、歩き続ける。
「俺は親孝行なんて一個もできずにいたからよ。できないまんま、逝っちまったから……だから、お前には俺と同じようになってほしくないんだ。ちゃんとご両親と連絡取っててやれよ」
ちょうど家にたどり着いて、じゃあな、と先生は帰っていった。
ドアノブに手を掛けて、思う。
明日の朝、久しぶりに電話しようか。