先生、恋ってなんですか?

会計が終わって店長も外に出てくると、ふたりで車に乗り込んだ。
カーステレオからは古い洋楽。
今日初めて知った、店長の顔のひとつだ。
静かに車は動き出して、街の景色が流れていく。
私の心もこんな風に流れてしまえばもっと楽に生きられるのかもしれないのに。



「お前、結局最後までスムーズに章義って、呼べなかったなぁ」
「そうですねぇ。……あくまでも、どこまでも店長は店長です」
「それはまぁ。きれいにすっぱり振ってくれてありがとな。嘘がつけないってのは難儀なもんだなぁ、お前も」
「お陰さまで、楽しかったですけど……なんか、気恥ずかしかったですね」
「そうか」
「普段は甘やかされることもないので」
「当たり前だろ。仕事は仕事だ」
「それがありがたいです」
「そうか」
「そうです」

くくく、と店長は笑う。
知らなかった店長の顔をいくつも見た、今日。
それでも……
私のなかでは、やっぱり店長は店長なんです。

車がアパートの前に着く。
シートベルトを外して、ドアを開けて外に出ると、運転席の窓が下がる。

「ありがとうございます。今日は楽しかった、です」
「おぅ」
「じゃあ、またお店で」
「ん、じゃあな」
「……店長、あの」
「わかってるよ、気にすんな。気まずいなんて思わずに、いつも通り出てこい」

私の中のカテゴリーが変わることなんてないこと、すべてお見通しの上で、告白してくれてデートに誘ってくれたんだ。
敵わないなぁ。
職場が【888】で良かったと思うし、上司が店長で良かった。
心から思う。

「はい、お疲れさまです」

くくく、と笑って「お疲れ」と残して店長は車を発進させた。
手をあげて、車を見送る。



なんだろう。
無性に先生に会いたい。
会いたい?
私、会いたいの?

自分の気持ちがよくわからない。
デートは楽しかった。
映画も面白かったし、ご飯も美味しかった。

だけど……
くるりと踵を返して、歩き出す。
家に帰って、メールを作成した。

『明日は唐揚げ作るから。ご飯、食べに来てよね』

それより私は、先生とご飯食べてる方が、楽しいみたいだ。



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