先生、恋ってなんですか?
目の前で新聞を読む、その人を呼び掛けてみる。
「私ねぇ先生」
「どーした?」
私は相変わらず、先生のことを先生と呼ぶ。
私にとってやっぱり先生は先生で。
それは向坂幸之助という人を否定するわけではなくて。
それがもう、私にとっての普通なわけで。
それを知ってか知らずか、先生ももう当たり前のように受け入れてくれていたし、訂正もされない。
呼び方はそう重要ではなくて、もちろん場をわきまえるべき場所では呼び方たって重要なんだろうけど。
私にとっては、そんなに重要なことではなくて。
先生はすでに“向坂幸之助”というひとりの“男性”として、私の中に存在するのだ。
それは、夢しか見てこなかった私にとって、大きな大きな革命のような出来事。
「やっぱり名前で呼んでほしいと思うことはある?」
「まぁ……いつまでも俺はお前の“先生”ではない、とは思うが。お前の気持ちがちゃんと俺にあるなら別に今はなんでも良いよ。俺も“お前”だしね。好きに呼べば?」
「先生の……、幸之助さんのそういうところ、好き」
私が初めて名前で呼んでみれば俯いて耳を赤く染める。
あら、意外な反応。
「お前、それは……反則だろ。でも」
良いもんだな、とはにかんだ笑顔を私に向けてくれる。
日常の幸せとは、つまり、こういうものだと思うのだ。