恋はまるで、粉雪のようで。
「あっ、すみません!」


さっき右隣に座った男性の、よりによって真っ白なセーターの袖口が茶色く染まってしまった。


「とりあえず、これで」


とっさに手持ちのハンドタオルでおさえてから、店員さんに声をかけて掃除してもらった。


すぐにおさえたけど、コーヒーの跡がうっすら残ってしまった。


私は、お財布から二千円取り出し、


「クリーニング代と、お詫びです」


と、渡そうとした。



その時初めて、男性の顔を見た。


軽くウェーブがかかった栗色の髪と、中性的な顔立ちの、明らかに年下の男性は、


「ひなたさん、久しぶり」


と、信じられない一言を発した。


「えっ?」


仕事柄、たくさんのお客様と接するから、その中の一人かとも思ったけれど、名字じゃなくて名前で呼んだのが気になった。


「申し訳ありません、どこかでお目にかかりましたか?」


「ひなたさん、覚えてないんだ。


まあ、もう10年くらい前だし、仕方ないか」


10年前って・・・大学生の頃ってこと?


「ごめんなさい、ちょっと記憶にないです」


「じゃあ、改めて俺のこと知ってくれる?


榎本櫂(えのもとかい)、29歳独身、誕生日は6月17日、血液型O、OA機器のメンテやってる」



なんなんだこの人。


いきなり自己紹介したりして。


しかも、なんでタメ口なんだろ。


顔に自信があるから、女はみんな自分が好きになるとでも思ってんの?



「そんなこと急に言われても、覚えられません」


「そっか、じゃあ連絡先教えて」


「どうして教えないといけないんですか?」


「これも何かの縁だし、お金はいいから、今度ふたりで会いたい」


「困ります」


私は心底あきれて、席をたった。


新手の詐欺師か、変な趣味のナンパ野郎に違いない。












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