僕は君の右手になる
「ねぇ、この学年に右腕がない女の子がいない?」
教室に戻り5時間目の授業を終えた休み時間、前の席の、なんだか喋った事のある男の子に僕は尋ねた。
右腕がない女の子、なんて聞き方もどうかと思ったが、確か運動部であったであろう彼に、
昼休み、毎日ピアノを弾いている女の子、
と聞いたところで全くもってその質問は意味をなさないであろう。
それに、彼女が腕のないことを隠していそうな素振りも無かったので、この聞き方でも多分大丈夫だろう。
「腕がない?あぁ、中西さんの事?」
彼は、彼女を知っているようだった。
「中西さんって言うんだ」
僕はそう呟く。
すると彼はそんな僕の呟きを聞き取ったようで
「中西さん有名だぞ。腕がないからって。それにほら、隣のクラスだしな。」
僕の通っている葉山東高校は、普通科だが、普通クラス4組、特進クラス3組の7組で一学年が構成されている。
僕は4組だから、隣ということは、その中西さんは3組という事だ。男女別ではあるが、体育の授業が同じ時間のはずだ。
「久石、中西さんに興味あんの?」
興味。確かにあるだろう。片腕のないピアニストだからか、はたまた僕の事を知っていたからか。
おそらく両方。そして彼女の少しおかしな発言にもきっと僕は興味がある。
僕は彼の問に、たぶん、と答えた。
「曖昧なやつだな。俺が知ってるのは、中西美央(ナカニシミオウ)っていう名前だけだから興味があろうが無かろうが何もできないけどな!」
といって彼は豪快にがはははは、と笑った。
中西美央、その名前を僕は口の中でコロコロと転がす。
僕の耳には彼女のピアノの音が鳴り響いていた。