僕は君の右手になる
左手のキラキラ星
次の日も、僕は音楽室に向かおうとした。
昼ごはんを食べ終えて、自動販売機でいつものココアを買おうとして、100円玉を入れた時。
メロディだけのキラキラ星が聴こえる。
ショパンのキラキラ星変奏曲だ。
僕はいつものココアのボタンを押し、足早に音楽室へ向かった。
早く、彼女が弾いている姿を見たい。
静かに扉をあけた僕の目に入ってきたのは左手でキラキラ星のメロディを奏でている彼女だ。
絵画かと思ってしまうくらい、彼女とピアノと、音楽室の風景が混ざりあっている。
彼女は僕に気づく。気づいて演奏を止めた。
「また来たんだね。ピアノを弾きに?」
風に前髪をなびかせながらにこりと笑う。
「まさか。言っただろう、僕はピアノを弾かないんだ」
「なんだ、残念。君のピアノを聴きたかったのに」
「君は左手でメロディを弾いてたんだね」
左手で旋律を奏でるのは、実はかなり難しい。
右手で弾くのとは全く感覚が変わってくる事を僕は知っていた。
彼女がもとから左手で弾いていたのなら話は変わると思うけれど。
「当たり前じゃない、右手はなくしちゃったんだから」
ニヒヒっ、とイタズラっ子のように彼女は笑った。
僕は昨日からその言葉に違和感を覚えていた。
-右手をなくした?
彼女は、ない、とは言わないのだ。
そこになにか意味があるのかは僕には分からない。分からないとこは聞くのが一番だ、と思うが聞いていいものかどうかが分からない。
「どうかした?」
彼女は真っ直ぐ、僕を見つめてそう問いかけたが、
僕はその質問をすることなく、甘いココアで僕の胃に流し込んだ。