僕は君の右手になる
「ピアノを弾きにきたのではないなら、君は何をしに来たの?」
彼女は当然生じる疑問を僕にぶつけてきた。
──そうだ。僕は彼女の答えに質問したくてここに来たんだ。
「君は、昨日僕がどうして弾くのか聞いた時に、言っていたよね。まだ帰ってきてないって」
「そんな事言ったかな」
「言ったよ。僕はその意味を教えてほしくてここにきたんだ。」
彼女は昨日のことを覚えていないように言っているけど、
本当は覚えているんだと思う。
僕もここに来る前は、今日ここに来て彼女と話す前まで、覚えていないかもしれないと思った。
でも、さっき確信したんだ。昨日と同じように、腕をなくした、と言ったから。
意味の無い、変な表現を連続して使う人など早々いない。
それに、彼女はそのときニヒヒっと笑っていたけど、どこかもの悲しそうな表情をしていた。
だから、腕をなくした、という言葉にはきっと意味がある。
それならば少し考えてから答えた
帰ってきてない、
という発言にも意味があるはずだ。だってこの発言には確かに言葉を選んでいたのだから。
「意味はちゃんとあるよ。でも教えてあげない!」
楽しそうに可笑しそうに君は笑ってこう付け足した。
「ピアノを聞かせてくれたら教えてあげよう」
彼女はまたニヒヒっと笑って、ドヴォルザークの新世界第二楽章を弾き始めた。
故郷を思い出させるその曲を、左手で弾いた。