【エッセイ】『バックヤードの向こう側』
2 『潮騒物語』誕生秘話

最初に書いた『潮騒物語』は、かなり経験談が含まれてある。

まず。

舞台の一つの鶴見は筆者が就職して、初めて独り暮らしをした町であった。

今でも。

正月の箱根の駅伝なんかで鶴見の街並みが見えてくると、変わってない場所を見つけては、

「あの角の先の居酒屋まだあるかな」

などとつい、テレビなので首をのばしても意味はないのだが、探してしまう癖が出る。

さらに。

鎌倉は鶴見時代よく遊んだ町で、作品に出てくる極楽寺の成就院や、鎌高の電停なんぞはよく行ったものであった。

探せば、今はなくなってしまったであろう江ノ電の硬券が手元にあるはずである。

それだけに。

いまだに東京を舞台に書けず、横浜や川崎、横須賀や鎌倉が馴染みなので舞台として書きやすい。

鎌高の電停は特に、ベンチから見える相模湾の風景が輝いていて、現在でもたまに思い出す。

ときどき旅番組などで見かけると、

「あの先にドイツ料理の店があるんだよな」

などと、手に取るように分かる。

ただ。

なまじ知っていると、

「どこまで書いていいのかな?」

と迷いが出ることもある。

阪神大震災のあと疎開したのが藤沢で、帰阪したあと就職して住んだのが横浜、当時の彼女が住んでたのが茅ヶ崎…と、いわゆる、

「遅れてきた青春時代」

を過ごしたエリアだけに、何やら大事な聖域を汚されたくないというような気持ちも、ないではない。

もし。

『潮騒物語』を読んでから鎌倉や横浜、横須賀などへ行く人がいたなら、くれぐれもゴミはポイ捨てなんかしないで、町を綺麗にして欲しいと願うばかりである。



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