【エッセイ】『バックヤードの向こう側』
5 『海の擾乱』のことども
本来、個人的には歴史小説の方が書きたいという希望があって、それを叶えたのが『海の擾乱』である。
というのも。
だいたい歴史小説というと、人気の高い戦国時代か幕末、さなくば江戸の市井のものなどが一般的で、筆者も好きではある。
しかし。
個人的に日頃「中世の日本史を書いた小説ががないな」と感じていた時に、たまたま北条時宗の資料を手に入れたのもあって、ならば鎌倉時代を書いてみよう…と思い立ったのがきっかけである。
この鎌倉時代、調べてみるとなかなか魅力のある時代で、まだ武士道が確立していない中、武士が武士らしくあろうともがくあたりが妙に人間くさい。
しかも。
まだ成熟した時代ではないが、どこか現代の原型を残しているような、書いていて心地よさもあって、短編にするつもりが長編になり、あれだけの文字数になった。
ただ。
なかなか一般的に知られていない時代なだけに解説に手を取られる。
それでも。
武士が形骸的ではなく、人間らしく生きていた、どこかギリシャやローマの群像劇に近いダイナミズムは、知られていないだけに魅力的ですらある。
登場する人物は一部のフィクション以外ほとんどが実在で、特に主人公以外の河野通有や菊池武房、あるいは平頼綱のような個性的なキャラクターに出会えたのは収穫であった。
しばらく書いていないが、鎌倉時代をもう少し掘り下げて再び書いてみるのも、悪くはないかなと感じた。