始まりは大嫌いから
*序章*
「頼む、真冬。この通りだ」
今にも土下座をせんばかりの男性の勢いに押され、真冬は小さく息を吐いた。
普段は自分を“ふゆ”と呼ぶ彼が本名で呼ぶあたり、本当に切羽詰まっているのだろう。
「受けるから…そんなにへこへこしないで、パパ。断っても良いんでしょ?」
「当然だ!アンジェラと…君が幸せになるために尽くすと約束したんだからね。不本意な結婚なんてして欲しくないんだ。不甲斐ない父親ですまない」
父親が自分を大切にしてくれていると真冬はわかっていた。
彼女は当然ながら知っている。会社の上役である父が社長の用意した見合い話を断れなかったということも。
女優として人並み以上に稼いでいるとはいえ高校生である自分に自らのお金を使わせまいと必死に仕事をしてくれていることも。
だからこそ、リスクを冒してでも大切な父のために見合いをしようと真冬は覚悟を決めた。
「これが写真。プロフィールも入っているそうだ」
彼女は小さく頷きつつ受け取った。
きっと会社の上の方に位置する、一回りも二回りも年上の男性が来るのだろう、真冬は勝手にそう決めつけていた。そしてたぶん、断りきれず結婚することになるだろうとも確信していた。
けれど父親の前で表情を曇らせるわけにはいかない。
真冬はできる限りの笑みを浮かべて立ち上がった。そしてすぐに父に背を向ける。
「慌ただしくてごめんね。今すごく立て込んでるの。行かなくちゃ。時間を作り次第、パパに連絡するね」
そう言って真冬は、千円札を二枚テーブルの上に残して呼び出されたカフェから姿を消した。
これが見合いの一ヶ月前のこと。