始まりは大嫌いから
「…悠也さんがついてくると、目立ちますね。みんなこっち見てます」
真冬はカートを押しながら縮こまる。
「あ?お前が元女優だからだろ」
「私はそんなに有名人ではありませんよ。それに目立ちません。悠也さんは無駄に大きいんです」
結局のところどちらも有名人。挙句週刊誌を騒がせた今話題の夫婦だ。目立たないはずもないのだが、真冬は気づかない。
目立つのが好きではない真冬は縮こまりながら悠也から離れていく。
「おい、どこに行く?」
「買い物を済ませてきます。ここにいてください」
子供が集うお菓子売り場に残された悠也は唖然。だが放置されるわけにもいかない。
そう思った彼は妙案を思いつき、口元をニヤリと歪めた。
自分を放置した嫁を追いかけ、彼女の後ろからカートを押す。要するに両腕に彼女を閉じ込めた。
「ひっ!な、何を…」
彼を睨みつけようとするが、至近距離であることを考慮して、なんとか声を荒げるだけにとどめた真冬はその場で固まった。
「こうすれば“無駄にでかい”俺のおかげでお前は見えないだろ。感謝しろよ」
「何を言ってるんですか!正面から見たらバレバレです!離れてください!」
腕の下を潜り抜けようとするも、悠也の足がそれを阻む。
そして追い討ちとばかりに真っ赤になった耳のそばでそっと囁く。
「大人しく嫁を演じる、お前はそう言わなかったか?」
ぐっと真冬は詰まる。確かにそう言った記憶はあったからだ。
そして悠也の方はもう一押しとばかりに続ける。
「こうしていた方が仲がよさげに見えるだろ?」
真冬はぷるぷると震えた。けれど仕方ない。演じる約束はしたのだから。
彼女はすっと姿勢を正すと口元をぐっと引き締めた。そして横目で彼に促す。
「慌てちゃってごめんなさい。…行きましょう。野菜が欲しいんです」
恥ずかしそうにするのをやめただけでなく、余裕の笑みを浮かべて普通に話しだす真冬に、悠也は苦い笑みを浮かべた。
彼女の演技は完璧で、どこから見ても仲の良い夫婦に見えるだろう。
「そうか。動くぞ、まふ」
「ゆ!」
演技をしていてもそれだけは忘れなかった。