小話置き場



だけど彼に出会う前までの強い私には、もう戻れない気がしていた。


この人の前で、私はどうしても弱くなる。

甘えたくなって、ワガママになっていく自分が許せなかった。


怖い。先輩が好きでたまらなくて、どんどん溺れていく。息ができなくなっていく。


「………………」


涙を流しては拭って、ひっくひっくとしゃくりあげる私を、彼は自分のことのように苦しそうな顔をして見ていた。


彼の右手が私の左手を掴む。


空いた方の手が、私の目元を拭った。潤んで歪んでいた視界がクリアになって、私を一心に見つめる彼と目があった。



「……泣くなよ………」


そっと呟かれた低い声が、私の耳に届く。彼の顔が近づいて、優しくキスをされた。


唇が離れて、また目があったとき、愛しさが溢れた。ついでにまた涙が出た。



< 48 / 81 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop