小話置き場
「……いいんじゃない、別に」
慎ちゃんは、静かにそう言った。
冷たいというより、安心させるような声色だった。それがまた私の寂しさを濃くした。
「……いいんだ」
少しムッとしながら、また自転車に跨がる。先に乗っていた彼は、落ち着いた声で「いいよ」と言った。
「寂しくないの?」
「それは利乃でしょ」
タイヤがまた回り始めた。夏の風が、私の長い髪を揺らした。見開かれた私の目に、彼の背中がやけに広く映った。
「結局俺のとこに戻ってくるくせに」
青い空が。夏の温度が。
微かに香る、潮風が。
私の心に愛しさを積もらせる。切なくて甘い、息も詰まるような苦しさを。
馬鹿じゃないの。
そう言おうとした。言えなかった。
くるしかった。嬉しかった。
目の前のひとが愛しくて、大切で、大好きで泣きたくなった。
ねえ、ほんとうに戻ってきてもいい?
どこにいたって、なにしてたって。この先何があっても、君はまた私を抱きしめてくれる?