小話置き場
「利乃ちゃん、どこ?今、カラオケ館の前にいるんだけど」
「……もうそこにはいないよ。今は……いつものショットバーの近く」
「ええ〜?利乃ちゃん、俺に迎えられる気ないでしょ?」
「……頑張って探して」
言うと、トモくんは急に落ち着いた声で言った。
「……泣いてんの?」
泣いてないよ。
ただちょっと、寂しいだけだよ。
「……夏が終わるね、トモくん」
蝉の音は、もうほとんど聞こえない。
夏の夜を彩る鈴虫の音も、ずっとずっと遠くに聞こえる。
「……そうだね」
「なんだかあの頃より、ずっとずっとあっという間に過ぎちゃった気がする」
「うん」
「海の色も、空の高さも、雨の音も……感じないまま、感じられないまんま、終わってく気がする」
「うん」
「あの頃の記憶がどんどん消えていくの。怖いよ」
「……そうだね」
大切なひとと見た、忘れたくない景色たち。
大切なひとからもらった、かけがえのない言葉たち。
子供ながらに、これは絶対に失ってはいけないものだと悟った。
きっと生涯、私の宝物になると信じていた。