小話置き場
歩きたくない。
足を止めてしまいたい。
ずっとずっと、この夏の中に閉じこもっていたい。
「またひとりで泣いてんの?」
うしろから声がした。
さっきまで電話口から聞こえていた声が、今度は雑踏の中から聞こえてきた。
振り返ると、呆れた顔をしたトモくんが立っていた。
「……よく見つけたね。あれからもずっと歩いてたのに」
「俺、泣いてる利乃ちゃん見つけるの得意だから」
トモくんはそう言って笑った。
その姿が、あの日の彼と重なって見えた。
「……泣いてないもん」
「泣いてるよ。別に誤魔化さなくていいよ」
「泣かないし。子供じゃないもん、もう」
「子供じゃなくても泣けばいいじゃん、別に」
トモくんの言葉はぶっきらぼうで、でも私を見つめる瞳はあの頃と変わらず優しかった。