ヴァイオレット
「あのっ……」

私は勇気を振り絞り、私は後ろを向いている彼に話しかけた。

「はい」

私のほうを振り向いた彼は、いきなり話しかけられて驚いたような顔をしていた。

「あのこれっ……!」

私はさっき自動販売機で買ったあたたかい缶コーヒーを差し出した。

「寒い中歌ってたのでっ…冷えてますよね」

私は何度も噛んでしまい、緊張ぎみなのが伝わってしまったか不安になる。

「ありがとう、嬉しい」

彼は缶コーヒーを受けとると、にっこりと笑った。

初めて聞いた普段の声は歌声よりも少し低い。
でもやはり、あたたかみがある安心する声だった。

「いつもここで歌ってますよね。バイト帰りによく見かけて、優しい声だなって…」

「本当に?ありがとう。なかなか立ち止まってくれる人がいないから、俺才能ないのかなって思ってた」

「いえ、そんなことないと思います!たぶん私みたいに、綺麗な声だなって思いながら、立ち止まりにくい人が多いんだと思います…」

いまこの時も、私たち二人の後ろを通りすぎていく人はたくさんいる。

きっと私みたいに思っている人がたくさんいるはずだ。

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