マネージャー日誌 ─青春の欠片
それから毎日色々な部活の見学に行ったものの、しっくりくる部活はなく、かえでは困っていた。
そうしているうちに、もう、かえで以外のクラスメイトは教室にはいなくなっていた。
その時だった。
ガラガラっと勢いよく音を立てて教室の扉が開いた。
「あ、杉本じゃん」
ユニホーム姿でボーズ頭の……たしか早坂、だったかな。
どうやら早坂は自分の机の横に掛かっていた手提げ袋を取りに来たらしい。
「早坂、野球部なんだね」
「おう!杉本、決めてないんだったらマネージャーやったら?俺行くわ!良かったら見学来いよ!」
──野球部のマネージャー?
基本的なルールを知っているくらいで、マネージャーになれるくらいの知識はないけど、あと2日で決めなければならないし、
と思い、かえでは鞄を持った。
とりあえず見学だけでも、という気持ちで野球部へ足を運ぶ。
バットを持った男にかえでは声をかけた。
「あ、あの……見学に来まし」
「マネージャー!?キャプテーン!マネ希望者きました!」
「希望っていうか……とりあえず見学だけで……」
「ちわっ!野球部主将の神山です。こっちは3年のマネージャーの瑞生です。クラスと、名前教えてもらってもいいかな?」
かえでが見上げるくらい背の高い男が礼儀正しくお辞儀をし、名乗った。
「4組の杉本かえで、です」
かえでもきちんとお辞儀をして名乗った。
神山の隣にたっている人を、かえでは見つめた。
先ほど神山に紹介された瑞生は微笑んで
「よろしくね」
と言った。
綺麗な人だなというのがかえでの第一印象だった。
瑞生の後ろに見えるグラウンドにかえでは目を移して
……それにしても人が多いな、とかえでは思った。
バックネットのほうから誰かが神山を呼んでいる。
「俺は練習戻るからあとは、瑞生に聞いてください」
といって神山は走って練習へ戻った。
「よろしくされたけど、見学はそこに座っててくれればいいから」
と瑞生も選手の方へ駆けていった。
かえでは近くにあったベンチに腰掛ける。
かえではボーッと練習を見ていた。いや、見とれていた。
── 一生懸命で、カッコイイ
かえでは選手のプレーの魅せられていた。
一生懸命になることを恥ずかしがらない人がこんなにもいるのか
と、かえでは驚いたほどだ。
気づけば2時間ほど時間が経っていたようで、辺りは暗く、グラウンドはナイターがつけられていた。
瑞生がボールのたくさん入ったカゴを持ってきて、かえでの隣に腰を下ろす。
「杉本さん、どうだった?」
雑巾で丁寧に、ひとつひとつボールを拭きながらかえでにそう尋ねた。
「カッコ……よかったです」
かえでのその言葉に瑞生はボールを拭く手を止め、かえでを見た。
瑞生の目が期待で輝いているように見える。
「入部は!?どうかな??」
比較的大人しいイメージだった瑞生が少し興奮したようにそう言った。
かえでは迷っていた。マネージャーをやってみたい気持ちは、見学に来て芽生えてきたものの、
ルールだって少ししかわからない自分に、果たしてマネージャーが務まるのか、
という不安しかなかったのだ。
それを見透かしたように瑞生は言う。
「大丈夫。私ルールなんて全く分からなかったから」
「どうしてルール知らないのに入部しようと思ったんですか?」
「見学に来てね、カッコイイなって思っちゃったの。杉本さんと同じだよ」
嬉しそうに、愛おしそうに、瑞生は選手を見つめた。
グラウンドの端に選手が整列し始めたのをみて、瑞生はそちらへ走って一番端の、選手より1歩下がったところに並んだ。
部員全員が90度に腰を折り
「ありがとうございました!」
という神山に続いて、二呼吸ほど間を置いて
「「「した!!!」」」
とグラウンドへ挨拶をしてバラけ始めた。
かえでは息を飲んだ。その迫力に、誠意に。
再びこちらに向かってきた瑞生にかえでははっきりした声で宣言した。
「私、マネージャーになります!」