恋を紡ぐ
でも私はふとした瞬間に彼に近づきたいと思ってしまった。


私は数学が得意だ。というより、数学しかできない。他の教科はボロボロで、油断すれば危うく留年するレベルでやばい。


「前田さん、数学すごいんだって? この問題教えてくんね?」


ある日平坂くんがサボった授業で習った問題を聞いてきたのだ。


席は前後だけど話し掛けられたことなんて初めてだったからひどく緊張した。


緊張しながら、言葉をつっかえながら、それでもなんとか説明すると、「あー、そういうことね」と平坂くんがぱっと笑った。


「ごめんなさい、私の説明じゃ、わかりづらくなかったかな……」

「え、なんで。俺、前田さんの説明で理解したけど」


平坂くんは目をまっすぐ見て話す人だった。


見つめられているようでやっぱり緊張する。


「さすが数学の鬼」

「え、あ、いや、でも、他は全然できないから……数学だけできても仕方ないし……」

「そう? すごいことだと思うけどね。数学苦手な奴けっこういるし、それを極めてるなんて俺は自信持っていいと思うけど」

「え、あ…………うん」


できないことばかり気にしていたから、それを自信にするなんて思いつかなかった。


剽軽(ひょうきん)で悪戯っ子な平坂くんの柔らかい笑顔を初めて見た。


「ありがとうね。おかげで助かった」

「あ、ううん。そういえば、先生ここテストに出すって言ってたから……」

「まじ? ラッキーじゃん」

「え?」

「前田さんに教えてもらったから、俺忘れねーわ」


なんて言われて、恥ずかしくなって頭のてっぺんから湯気が出るかと思った。


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