ただよう、甘いヒト【完】
「酔ったときはあたしのところに来ればいいんだよ。オッサンのとこになんか行かないでさ」
「……行ったことないよまだ」
「まだってことは行くのかよ」
「行かないよ。織ちゃんがいるもん」
きゅっと抱きしめられて、その心地よさに笑みがこぼれた。
黙ってしまった安城の体温が、全身から全て伝わってきて安心する。
「……もしかして織ちゃん酔ってる?」
「やだな酔ってないよ。酔ってんのはあんたじゃん」
「俺だって酔ってないよ」
ケタケタ二人で笑って、それ以上はお互い何も言わずに数秒無音の世界が続いた。
背後の安城が珍しく迷っているのが、感じで分かった。
「……織ちゃんを、」
「うん?」
「美里の代わりになんかしないよ」
「へえ」
耳元で囁かれた言葉はある程度予想通りで、特に傷ついたりしない。
あたしの薄い反応は安城も予想できていたのか、それ以上何も言わず、だけど唇はあたしの耳元に寄せたまま、ふふっと笑った。
彼が微かに揺れるたびあたしの耳朶に当たる唇と熱い息に少しだけドキドキする。