ただよう、甘いヒト【完】
「……今日安城、飲み過ぎだよ」
「酔ってないのにー」
酔ってるよ。
彼女の話、あたしの前でするなんて。
聞きたくなかった。死んだ女の話なんか。
「なんか織ちゃん怒ってるー」
「怒ってない」
「怒ってる」
「怒ってない」
「怒ってる」
出口のない言い争いは私の方から切って、安城から少し距離をとった。
それなのに彼は楽しそうにクスクス笑うから、この酔っ払いしねとまで思う。
あたしは安城の彼女じゃない。
安城の彼女は1年前に事故で死んだ人だ。
あたしと安城はセックスもキスもしない。
安城は酔ってないと言いながら、酔った時だけ都合よくあたしの部屋を訪ねる。
あたしに、死んだ彼女の面影を追い求めるように。
『酒臭いからすぐ分かるよ』
だから酔ったときだけ。
彼女の口癖だったなんて知らなかった。
「織ちゃーん。一緒に寝ようよ?」
甘ったるい声で誘う、酷い猫。
安城を振り返れば彼は色っぽくあたしに手を伸ばし、抱いて抱いてとせがんでくる。