偽りの御曹司とマイペースな恋を
「美味しくない?」
「い、いや。味はいい。美味しい」
「味は?」
「…見た目がなんというか。その。斬新、だな」
夕飯を作るのがそんなにも嬉しかったのか出来たよとメールが来て。
これはもう定時に帰るしかないと急いで部屋に戻ってきた瓜生。
手を洗いうがいをして部屋着に着替えてリビングへ行くとエプロン姿の歩。
たまにはこんな日もいいな、と思いながら着席したら出てきた暗黒物質。
「お母さんに聞いたまんま作ったから味はいいよ。見た目はちょっと変でも」
「……そ、そうだな」
「顔色悪いけどどっか調子よくない?」
「いや。…そうか、聞いてくれたのか。そこまで頑張ったんだな」
「イツロ君には勝てないけど」
「勝負じゃない」
「へへ」
見た目は宇宙から来た悪意並みに醜悪なものであったが
母親から教えてもらったレシピというだけあって美味しい。
何で見た目だけがこうも酷いのか心底謎ではあるが。
一生懸命に作った彼女を思い瓜生は何も言わず食べ終えた。
「手伝おうか」
「イツロ君は座ってて。ほらテレビ見てて!」
「…しかし」
「いいの。ほらほら!」
片付けは自分がしようと立ち上がったら何もしないでいいといわれて。
瓜生はソワソワしながら言われた通りソファに座った。でも視線は台所。キッチンは対面式で
彼女の様子はよく分かる。あまり片付けに慣れていないせいか動きが覚束ない。
怪我しそう。
不安で一杯でとてもテレビなんかみていられないが彼女が嫌がるのでここは我慢して見守る。
「はぁ…終わったか」
「イツロ君?」
やっと片づけを終えて隣に座る彼女をギュッと抱きしめた。
まるではじめてのお使いをやりとげた子どもを抱きしめる親みたい。
抱きしめられている歩は不思議そうに様子を伺っている。
「お疲れ」
「どうってことないよ。全然」
「そうか」
「でも疲れた」
「だろ」
「毎日メニュー考えるのも大変だし。お母さんすごいんだって改めて思ったの。
イツロ君もいっつも考えてくれてるんだね。すごいね。偉いね」
家を出てからの自分は何時も似たようなものばっかりだった。不規則だし。
趣味に偏りがちだし。彼と生活して余計に身に染みる。
「俺と居ると規則正しい生活が出来るな」
「うん」
「俺も、お前が居ると張り合いがあっていい」
「今日は一緒に寝よう。私の部屋で」
「一緒に寝る時はリビングのソファベッドだって約束したろ」
「そうだけど。なんで部屋じゃダメなの」
「ケジメ」
「お父さんのこと?私は気にしないけどな」
「俺のケジメ」
「…もう。やなケジメ」
不満げに頬を膨らませる歩だが彼の言うとおりにリビングで眠ることにする。
これ以上粘ったって強引に泣き落としで一緒にねたって楽しくない。
彼との距離をもっともっと縮めて心の奥底まで開いてくれるまでは。我慢するしかない。
「ちょっと仕事」
歩が風呂に行こうと立ち上がったら彼も一緒に立って一緒に行くのかと思ったら
やっぱりそんな訳はなくて彼はあの鍵のついた部屋へ去っていく。
一緒に住む前は自由に入らせてくれたのに。今は入れない彼の部屋。
「……」
歩が風呂から上がって髪を乾かしていたら瓜生がリビングに戻ってきた。
チラッと彼を見ただけで挨拶もせず黙って乾かしていたら
彼は気にしたのか歩の後ろに来て抱き上げると彼女を膝に座らせる。