偽りの御曹司とマイペースな恋を



短大卒業と共に夢にまでみた出版社へ就職した歩。
今はまだ新人でも将来の展望としてはやはり尊敬する作家さんの側で
手助けをしていきたい。いち早く新作を読みたい。想像しただけで胸躍る。

「こら!ナス!また間違えてるじゃないか!これくらいできないでどうする!」
「すみませんっすぐ片付けますっ」

が、現実問題とうてい作家さんのお側に近づくこともままならない状況。
まだ原稿すら触れず雑用コピーお茶出しの日々。大手とは言いがたい中堅会社で
メイン雑誌はホラーだったりオカルト系。
おかげで一般認知度は低いけれどその筋の人達からは根強い人気を誇る。

「ったくチビナスはぁ」
「名栖です」
「一緒だろうが。ほら、さっさと備品補充してこい」
「はい」

怒られてしょんぼりして、トボトボと廊下を歩く。

「気を落とすなって。編集長、最近奥さんと喧嘩して機嫌わるいんだよな」
「そうなんですか。あ。それで最近パンなんだ」
「そうそう。シャツもよれてるしな」
「なるほど」
「名栖ちゃんは頑張ってるから。落ち込まないで頑張れ」
「はい。ありがとうございます」

上司は気分屋でよく怒鳴られて怖いけれど、先輩たちは皆優しい。
先輩というか、おっちゃん。そんな中で若くチビの歩はとても目立つ。
もしかしたら娘にでも見えているのかもしれない。
なんにせよフォローしてくれるのはとてもありがたい。

何分このマニアックな編集部には当然のように女子が居ないので。

「……」
「……」
「……、…なにしてるの?」
「……うん、…いや、…その」

備品を受け取って編集部へ戻ろうと歩いていたらとても目立つ後ろ姿。
見上げるほどの長身。そして怒っているのかと一度は聞かれる強面。

「イツロ君?」
「……うん」


でも優しくて繊細な人。


でもなんでここに?

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