偽りの御曹司とマイペースな恋を
あんなに泣いたのにあの頃の記憶がすっかり薄れつつある。
娘として引き取ってくれた家は暖かく優しく、ずっと平和だった。
これが家族というものなんだと初めて知った。
「受験勉強は大丈夫?いらっしゃい歩ちゃん」
「まあ、なんとかします。で、あれ。ありますか?」
「あるある。君の為にあるようなもんだからねぇ」
行きつけの本屋の店員とはすっかり顔なじみ。
軽い挨拶をしてからその雑誌が置いてあるコーナーへ
鼻息荒くして向かい1冊取る。歩には輝いて見えた。
「また来たよオカルト女」
「あんな嬉しそうに。本当に頭ヤバそうだな」
「友達いないだろうなああれじゃ」
暫し見入っているとそんな声が傍から聞こえた。
もしかしてそれって自分の事だろうかと声のするお隣を見ると
参考書コーナーから明らかに此方を見て笑っている高校生の姿。
あの制服は結構有名な進学校のだ。かっこいいと友だちが話していた。
「…呪われろ」
ムカついたのでボソっと言ってやって店を出る。
バス停に到着するとさっきの連中と同じ制服が目の前に。
このあたりは連中の縄張りか何かだろうか。最悪極まりない。
歩は気配を消して無心になってバスが来るのをひたすら待つ。
「おいまた居るぞオカルト女」
「やめとけって」
神様が居るのなら今日はなんて意地悪をするのか。
さっきの3人とまた出くわすなんて。最悪だ。最低だ。
また無視を決めようと知らんふりをする歩。
「そんな変なの読んでないで俺と遊ぼうよ」
「……」
「無視か。本当に気持ち悪い上にむかつく女だな」
傍に来た男。前にも同じ制服の男。挟まれた。囲まれた。
誰も助けてはくれそうにない。神様に祈ったって無理は無理。
そんなものは存在しないと遠の昔に悟っている。
早くバスが来ないだろうかと苛々しながら無視を続ける歩。
「あっ…返して!」
「皆に見てもらえよお前の読んでるキモい雑誌!」
歩の態度に苛立った男は彼女の手から強引に本を奪うと紙袋を破り
皆に見えるようにその雑誌をチラつかせる。
「いや!返して!汚れる!やめろ!」
必死に取り返そうとする歩だが相手は高校生で男。
手を伸ばしても背が届かない。
こんな時チビな自分が悔しい。からかわれているのは分かってる。
別に見られたって構わない。
けど。キラキラ輝いてた雑誌を汚されるみたいで嫌だ。
「もういいだろ返してやれ」
「ほんとに呪われるぞ」
「はいはい。…ほらよ」
周囲の視線を感じた友人に止められ渋々雑誌を投げ捨てる男。
もう決めた。この制服の奴は皆敵だ。
全然かっこよくない。去っていく3人。本を取り戻し砂を払って列に並ぶ歩。
何もされてないけど制服を見ただけで目の前の男がむかつく。
やっとバスが来てその場から立ち去ることが出来た。
「月刊コズミックを馬鹿にするな」
「お帰りなさい歩」
「ただいま」
「どうしたの?怒ってるみたいだけど」
「別に。あ。今日はカレーだ!」
「そう。歩ちゃんの好きなカレー」
家に帰るとすぐに顔を出して出迎えてくれる、明るくて優しい母。
血は繋がっていなくても家族の温もりはちゃんと感じられる。
歩は部屋に戻り着替えを済ませ母の手伝いをする。
雑誌をすぐに読みたいけど、それよりもこの時間の方が大事だから。
けど、6時までには食事を終わらせてテレビを観なければ。
恐怖特集がある日。
両親もそれは分かっているから歩の邪魔はしない。
「歩ももう高校生ですか。早いですね」
「そうだな。家に来た頃は泣きっぱなしで、夜中帰るって言われて」
遅れて帰宅した父は隣の部屋で母と晩酌。
リビングでは恐怖映像を食い入るように見つめている娘。
それを他所に安堵の顔。家族3人での生活はとても幸せ。
「本当に親になれるのかちょっと自信をなくしそうになった事も」
「今じゃ立派に家族だ。俺は幸せだ」
「飲むとすぐその話になるんですから」
しんみりしている所へドタドタと走ってくる音。
「お母さん!スプーンちょうだい!」
「スプーン?カレー…まだ食べたいの?」
「ううん。曲げるの!今ねスピリチュアルパワーの…いいや、スプーン!」
「よし。お父さんもやるぞ!スプーン曲げ!」
「どっちが先に曲げるか勝負ね!」
その後、テレビの前に陣取り父娘でスプーンを握って必死に念じるという
怪しい光景が見られたが結局どちらのスプーンも曲がらなかった。
スピリチュアルパワーが不足してたとか念じる力が足りなかったんだとか
テレビに向かって文句を言っている歩。だが結局諦めて風呂に入った。