偽りの御曹司とマイペースな恋を

「あーあ。何かこう受信しないかな」

晴れ渡る青空を見上げながら呟く歩。朝から電波な事を言っている自覚はある。
今日は祭日で学校は休み。宿題も無いから家でゴロゴロするつもりだったのに。
母親に買い物を頼まれた。
どうせなら宇宙人と遭遇するとか楽しいイベントはないものか。

「何でコクが出なかったんだろう…」

何て考えながら歩いていたら宇宙人でなく変人に出くわした。

「……」

他人のフリをしよう。それが一番だ。この電波は無視していい。
長身だからささっと抜けてしまえば分からないだろう。そう見越して。

「あ。おい。シナモン」
「わっ」

知らぬフリしてすれ違ったら見たことある犬が足元に来た。
狙いは歩ではなくて手に持っているたい焼きだろう。

「すいません。こいつ甘い匂いに弱くて」
「…いえ」

何でこうも嫌な奴ほどよく出くわすのだろう。
犬は金持ちの家で飼われているような品のある首輪にリード。身だしなみも綺麗。
ナノに連れている人間は安っぽいジャージ姿で金持ちには見えない。

そんな目つき悪いのにユーズド感あるジャージとか。

まるでコンビニ前にたむろっているヤンキー兄ちゃんじゃない?
ランニングか何かの途中とは思えない発言をしていたし。コクがどうとか。

「あ。ああ。お前か…最近よく会うな」
「会いたいわけじゃないんですけどね」
「会いたい?何でだ?」
「……何だろうこの言葉が通じない外国人と喋ってるような感じ」

この人と話していると頭痛がしてきた。その間も犬は
たい焼きの甘い匂いに釣られて歩の足元でハアハア言っている。
相変わらずなんて種類かは知らないが可愛がられているようで。

「シナモンやめろ」
「シナモンって何て犬種ですか?」
「こいつはブリュッセル・グリフォン」
「へえ。…知らないわけだ」

聞いた事ないそんな犬。可愛いけど。

「行くぞシナモン。ほら、動け」
「犬って人間の食べるものあげちゃいけないんでしたっけ」
「ああ。甘いものは病気のもとになる。家に帰れば専用のお菓子もあるのに。
人間の食べるものの方が美味しいと思ってるから、こいつ」

ハアハアと息を荒くしてたい焼きが入った袋を見つめるシナモン。
よっぽどお腹がすいているのか食いしん坊なのか。動こうとしない。
1個くらいあげてもいいかと思ったが犬に人間のものを安易にあげてはいけない。
ここは自分が立ち去ったほうがいいだろう。

「何してるの一路」
「散歩」
「また考え事しながら歩いてたんでしょう。人にぶつかるわよ。
いらっしゃいシナモンちゃん。私とお散歩しましょうね」

唐突に現れたセクシーなお姉さん。彼の知り合いだろうか。
呆然と見ている歩。シナモンはたい焼きよりもお姉さんがいいようで
優しい声で呼ばれたらあっという間にそちらに走っていった。
彼女は犬を抱き上げると高級そうな車に乗り立ち去る。

「…あ。悪い。また引き止めて」

またしても残される長身ジャージの男と
ぼけっと突っ立って逃げ遅れたおチビな歩。

「いえ。そんじゃ」
「待て。名前、聞いてもいいか。また会うかもしれないし」
「えーっと。ちょっと長いんですけど、
クルウルウ・クスルー・トゥールー・チューリューです」

普通に返してやったら瓜生は暫し考えて。間が開いて。

「えっと。クルウルウ…クスル…トー…ルー…?」
「クルウルウ・クスルー・トゥールー・チューリュー」
「クルウルウ・クスルー…トゥールー…チューチュー…」
「はい。どうぞよろしくそれじゃさよなら」

お前などに本名を教えてたまるか。

歩はさっさとその場を後にする。
発音に苦戦している瓜生を残して。なんでまた馬鹿正直に信じるのか。
そこが何かだんだん面白くなってきているのも確かだけど。
家に戻るとすっかりぬるくなったお土産のたい焼きを暖めて3人で食べた。


「どうしたの歩ちゃん」
「何か気になる事聞いたような気がして」
「気になる事?」

夕飯の手伝いをしながらも視線が虚ろな歩。

「うん。…なんだろう。…気のせいかな」

派手セクシーなお姉さんに圧倒されて忘れていたけれど。

何か引っかかる。

とても大事なものだったような。そうでもないような。

そんな曖昧なもの。
何だったろうなと唸りながら野菜を洗う歩。母は心配そうな顔。

「無理に思い出そうとしないで、何時か思い出すんじゃない?」
「それもそうだね。あんがいある日ビビビっと思い出すかも」
「そうそう」
「そうだ。今日ね、ブリュッセル・グリフォンていう犬を見たの」
「まあ。かっこいい名前ね」
「そういう種類なんだって。…うちも犬とか猫とか飼わない?」
「ごめんね。お母さん動物が苦手なの」
「そっかぁ」

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