偽りの御曹司とマイペースな恋を
「分かってるさ。だから、同棲も黙認してきた。
最終的にどうするかはお前が選んだらいい」
そう言って着替える為に席を立つ父。
重たい空気になってしまった。久しぶりに顔を出した実家。まさかこんな事になるなんて。
母はいい人ねと優しく笑ってくれたのに。
どうして父も同じように受け止めてくれないのだろう?
ずっと優しくて歩の願いを聞いてくれて何時も笑ってくれたのに。
なんであんな怖い顔をするの?
父が戻ってくる前にさっさとご飯を食べ終えて片付ける。避けるように。
「……」
携帯をみつめる。画面にはイツロ君という文字。
心配してかけてくれたのだろうか、でも今は何も言う気にはなれなくて。
ごめんね、と心のなかで言ってそっと携帯を閉じる。
「歩は」
「片付けをしてくれてます」
「もう?早いな」
「意地悪で頭の硬いお父さんと顔を合わせるのが嫌になったんでしょう」
「はっきり言うな君も」
父がリビングに入ると夕飯の準備をする妻の姿。
台所では歩が黙々と片付けている音だけがする。
何時もなら一緒に世間話でもしながら楽しく家族で食べるのに。
こうなってしまったのは当然といえば当然か。
「彼が養子だから反対しているなら、私、貴方の事見損ないますから」
「養女を貰った身の上だぞ。そんなことで反対するもんか」
「じゃあ、どうして?顔だってハンサムだし身長だって高いじゃない?」
「君にはハンサムに見えるのかあの顔が」
「何ですかその言い方。歩ちゃんもかっこいいって言ってますからね」
確かに男前かもしれない。長身なのは女性にとってはプラスなのだろう。
歩の事を思うとあまり食欲はないけれど残すと怖いからご飯を口に入れる。
あの青年の身の上が孤児であったとしてもそれで彼を否定はしない。
顔は怖いけれど歩が言うように優しいのだと思う。わかってる。
「けどな。やっぱり俺には上手く行くとは思えない」
「あなた」
「彼の養父はどうやら大きな会社を束ねる財閥の当主らしい」
「まあ。そうなの?作家さんって聞いてたけど」
「金持ちなんだろうけど、そういう所にはドロドロしたもんが渦巻いてたりするんだ。
彼個人がよかったとしても、歩にはそんなところ行かせたくない。あんな小さいのに」
「本当に過保護なんですから」
「君は平気なのか」
「歩ちゃんに何かあったら当主さまであろうとなんだろうと絶対許しませんよ」
「…さすが君」
親が心配している中。気持ちがどこか遠くへ飛んでいってしまって身が入らない歩。
片付けを終えて、でも父のいるリビングへは行けずそっと2階の自室へ上がっていった。