偽りの御曹司とマイペースな恋を


何時迄も落ち込んで、ここに居ても仕方ない。
お泊りする予定ではないから今日はもう帰る。
ここは実家。歩の家は別にある。

そっと1階に降りて台所に居た母親の元へ。

「お母さん、そろそろ帰るね」
「もう遅いからお父さんに送ってもらう?」
「イツロ君近くまできてくれるから」
「そう」

父親はリビングでテレビを見ている様子。
でも、母曰く心ここにあらずで落ち込んでいるそうだ。
それってやっぱり私のせいだよね、と内心歩も落ち込む。

「子どもかもしれないけど…イツロ君と離れたくないの。心も、体も」
「……歩ちゃん」
「心はちょっと難しいし諦めてる所もあるんだけどね。だからこそ側には居たい」

社会に出たばかりのひよっこでよく職場で上司に学生気分が抜けてないと怒られる。
部屋に帰っても家事炊事ほぼ瓜生に任せっきりで自分は食べて寝て遊ぶだけ。
社長として忙しくしている彼のなんら支えになってない。けど。

けど、それでもやっぱり離れたくない。

「お母さんは何も言いません。ただ、歩は何時も元気で笑っていて。
貴方が幸せなのが一番の証明になるんだからね?」
「……うん」
「今はやきもちで意地をはってるけど。分かってくれる」
「うん」

家族よりも愛する人を選んだ娘は何処か大人びて見える。
成長が嬉しいような、寂しいような。母親は複雑な笑み。

「ほんとはお母さんも大事な歩ちゃんを取られちゃって妬いちゃうけど。
でも、誰かを好きになるって大事な事だものね。応援するから」
「お母さんの初恋はどんなひと?」
「知りたい?お父さんには内緒だからね」
「うん。内緒にする」
「…1つ上の先輩で。スポーツ万能成績優秀の王子様。かっこよくて。
ファンクラブがあったりしてね。お母さんは入る勇気が無かったけど。
遠めで見てドキドキするくらいしか出来なくて…でも、それでも十分幸せで」
「キスとかした?」
「え?キス?…んー」
「あやしい」
「もう。歩ちゃん。そんなこと」
「誰がキスしたって?」
「わっ」
「お父さん居たの」

背後から声がして振り返ると不機嫌そうな顔をする父。

「ま、まさか歩…き、…キスなんて」
「えっ」

嘘はつけない性質。でもってその問いについての返事はイエス。
答えたくない、けど嘘もつけない。困って焦って視線が泳ぐ歩。
明らかに怪しい行動をとる歩にさらに疑問が膨らんだ様子の父。

「歩」
「私の話です」
「君の」
「はい」
「…君の、キス?」
「はい」
「も、…もちろん、俺との」
「さあ」
「そ、そんな!」
「お父さん顔必死怖い」

誰とのキス話なのか。

知りたいような知りたくないような。

完全にそちらに意識が行ってしまったらしく歩のキスどころではない父。
母を質問責めにしていたがのらりくらりとかわされて複雑な顔をした。
そこで幾らか話をしてはみたものの、あの話題は出せずに。

歩はお土産をもらって家をでる。




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