偽りの御曹司とマイペースな恋を
何故だろう、アイツに出会ってから昔の夢をよく見る。
「どうした」
「やだやだやだ!行きたくない。ここにいる!」
「……」
「ここから出たらにどと帰ってこれないんだって…やだよぉ」
泣きじゃくりながらイツロ君にぎゅっと抱きつく。
先生からいきなりお父さんお母さんが出来たことを伝えられた。
けれどそんなの分からない。理解できない。
それはなに?どういう意味?
唯一わかったのはもうすぐここを出て行かなければならないということ。
「…いい、家かもしれないぞ。みんな優しくて、おもちゃがいっぱいあって
美味しいものが沢山たべられて、本をゆっくり読めるかもしれない」
「そんなのいらないもん!」
「泣くな。先生が来るだろ」
「あちゅむは…あちゅむは…イツロ君とここにいる」
「わがまま言うな。俺だってもしかしたらどっか行くかもしれない」
「じゃああちゅむも行く」
「来るな」
「やだ!」
何も分からないままに施設に居た歩に出来た初めての大事な人。
友達のようなそれ以上のような。
とにかく大好きな彼の横顔を見られないなんて。
そんな悲しいことヤダ。駄々をこねる歩にイツロ君は冷静に宥めるばかり。
「嫌でもその時はくる。生きてる限りまた会えるから。そんな泣くことない」
「どれくらいまったらいい?」
「たくさんだ」
「じゅうより多いのは嫌だ」
「嫌でも待て。そしたら迎えに行ってやるから」
「まったらずっといっしょ?」
「ああ。何にも縛られない自由な大人になってお前といっぱい遊ぶぞ」
「うん。まつ。カレー食べる」
「そうだ。…ちゃんと待てよ、お前抜けてるから」
「…うん」
「これもっとけ。俺の代わりにお前を守る」
「それ怖いから嫌。きもちわるい」
「最後くらい大人しく受け取れよ」
笑って頭をなでてくれるイツロ君のあの優しい顔。すごく好きだった。
「……また同じ夢だ」
なのに。今はすぐに思い出せなくなってる。
時折思い出していた彼は図書室の月明かりに照らされた横顔ばかりだった気がする。
大事な人なのに。途中までは素直に待ってたのに。いつの間にか思い出になっていた。
「…確かここに入れてあったよね」
彼がくれたお人形。少しだけ強く握ったら脆く崩れてしまってボロボロになった。
まるで自分の役目を終えたみたいに。キラキラしたオモチャよりも可愛い人形よりも
この見るからにおぞましくダークな人形が歩にとっては大事なもので。
「……イツロ君」
月日が経っても相変わらずのグロい造形に笑うけれど、でもすぐやめる。
迎えに来ると言ったのに。何の音沙汰もないのはもう忘れてしまったから?
彼は家に戻ったのだろうか、それとも歩のように新しい家族の元へ行ったのか。
「……」
もう歩の思うイツロ君はどこにも居ないのかもしれない。
歩は苦しくて悲しくて。声も出ないほど泣いた。
ずっと支えだったイツロ君。
会いたい。
貴方が完全に頭のなかから消えてしまう前に。
「ねえ、歩。運命って信じる?」
「なにいきなり」
「占いで出てたの。もうすぐ貴方に運命の出会いがあるでしょうって!
絶対この前のあのかっこいい先輩だよ!絶対そう!」
「……ああ、四堂さんだっけか」
「もう一人の、ほら、あんたがよく会う人。あれは?」
「あの人?……よくわからない」
「歩の運命の人だったりしてね?」
「……まさか」
運命なんてあるんだろうか。信じてもいいの?
もし、そうなら。
「……くしゃみが出そうで出ない」
「びっくりした。ガン飛ばしてるのかと思ったよ一路」
「……」
きっと会える、よね。