偽りの御曹司とマイペースな恋を
現実から逃げないで話をして、父親と目をそらさずに向かい合って。
何かと理由をつけては瓜生を実家へ連れて行った。
最初は視線も合わさず淡々としたものだったが父親との関係も若干改善されて。
この調子でいけば流石に父親もきちんと瓜生を彼氏として認めてくれるはず。
歩としてはとても順調。
ゴキゲンで起きて、今日も瓜生にお弁当を貰って近くまで送ってもらって出社。
「ああ、名栖。町田と一緒に藤浪先生とこに原稿取りにいってくれるか」
「は、はい!」
「いいか。先生は気難しい所があるからくれぐれも失礼のないようにな」
「はい!」
今日も雑用だろうと思ったのについに違うお仕事が。
原稿を取りに行くだけにしたって、歩には大きな一歩。
それに藤浪先生の本も幾つか所有している大先生。
「大丈夫か?名栖はまだ」
「まあ、何事も経験ってやつだ」
「なるほど。確かにもうそろそろメインの仕事も覚えさせないとな」
「それに雑用ばっかりさせてたら瓜生さんに無駄な人件費とかって叱られそうだ」
「……ああ、あるな」
浮かれている歩。行くのは今すぐでなく、時間はもう少し後とのこと。
急いで他の仕事を終わらせて何時でも出られるようにしないと。
お化粧ももう少ししっかりとするべきだったろうか。いや、いいか。
どうせ先輩の後ろにつく助手のようなものだし、そんな前へは出ないだろう。
早く時間が来ないか時計を見ながらワクワク。
「よし。名栖、行くぞ」
「は、はい!」
ついていく先輩が資料を読むために助手席に乗り歩の運転で先生の元へ。
失礼のないように、怒らせないように、でもサインは欲しい。けど我慢。
「名栖、サインほしそうだったな」
「……ちょっとだけ」
「今度くださいって言ってやろうか」
「いいんですか!?」
「内緒だぜ?」
「はい!」
無事仕事を終えて会社に戻ってきた歩。編集者と作家先生、
お互いに慣れきった関係のようで雑談交じりにあっという間に終了。
邪魔をしないようにそのまま先生の家を出てきた。
車からおりてそんな嬉しい会話をしていたら。
「……」
会社の玄関脇で凄い怖い顔でこちらを睨んでいる長身の人が見えた。
「あ、あれ?あれって…瓜生さんだよなぁ」
「そうですね」
「何時にも増して睨んでないか?企画会議でもあそこまで睨まないぞ」
「機嫌悪そうですね」
「ま、まさか遊んでると思われたのか?」
「聞いてみます?」
「い、いいよ。さっさと戻ろう」
あまりに怖かったので先輩は急いで裏手から会社に入り、歩も続くけれど。
「お前車乗るのか」
「うん。乗るよ?」
呼び止められた。
「何時とった」
「えっと。短大最後の冬休み中に」
「聞いてないぞ」
「言ってないもん」
「何で言わない」
「何で言うの?」
車の免許くらいで。自分だって持ってるのに。
ある日突然しれっと車に乗ってきたくせに。
「危ないだろう!」
「……」
「何故隣の奴に運転させないんだ」
「……あのさ」
「この辺は入り組んでいるし、運転の荒い奴もいる」
「…だから」
「お前に何かあったら」
「私だって運転くらいするから!いくらチビでも18歳以上ならとれるの!」
子ども扱いですか。不器用扱いですか。馬鹿あつかいですか。
つい声を荒げて怒る歩。
「え?そんな事はわかってる。何を怒ってるんだ?」
「イツロ君がバカにするから」
「馬鹿になんかしてない!俺はお前が心配なだけだ!」
「心配ってなに?運転ミスするってこと?」
「あらゆる心配だ!」
「なにそれ怖い!」
確かにまだとって日が浅いし、車を所有していないから練習も少ない。
主に父に隣に乗ってもらって軽く運転するくらい。
慣れきった人からしたら危なっかしいかもしれないけど。
あらゆる心配をされるレベルってなんですか?