偽りの御曹司とマイペースな恋を



「おかえり」
「何かこわい」

声のトーンですぐわかる。彼は不機嫌だ。

「…なあ、…歩。ちょっと、いいか」
「うん。なに?」

畑でもなく、レシピ本も持ってないよ?

何か壊したかな。

それともグリンピース残したのまだ怒ってるのかな?

歩はドキドキしながら瓜生の傍に座る。

「お前、…今日、…何してた」
「何って。昨日言った通りイベントに」
「男と?」
「え。あ。イツロ君見た?ノゾミン」
「畑から帰る途中お前が見えたから。声かけようとしたら知らない男がお前の隣に居た」
「それで怒ってるの?ノゾミンは友達だよ?」

何で不機嫌なんだろう。ただ一緒にイベントに行っただけなのに。
首をかしげる歩。瓜生は視線を反らしぼんやりしている。
ただその声のトーンは低いままで不機嫌であることに違いはない。

「じゃあお前は俺がお前の知らない女と畑に行ったら怒らないのか?」
「……それは」

言われてその場で想像する。
そもそも瓜生が他の女性を畑に連れてくなんて事は無いから。
そんなことがあったら、きっと、歩は許せない。

怒る。

わめく。

「事前に話をしてくれたとしても、後でどんな説明をしたって俺は納得しない。
できない。でも、そんなの勝手だよな。俺もお前も、…身勝手だ」
「……」
「なあ、教えてくれないか。何処までなら俺の気持ちをお前に押し付けていい?
今酷く腹が立ってる。でもお前を怒る気はない。お前はただ遊びに行っただけ。
何も悪い事をしてないって分かってる。けど。駄目なんだ」
「イツロ君」
「……なんて、もし馬鹿な事を言っているのならごめんな。俺、頭おかしいから。
お前に相応しくありたくて普通を演じてみるけど、さっぱり分からないんだ。正解が」
「ううん。ごめんね。ちゃんと説明しておけばよかったね。でもね。でも。私も分からないよ」
「…そうか」
「無理に抑えようとしなくてもいいよ。ムカついたら怒って。…叩くのは怖いけど。我慢する」
「お前には傷ひとつ付けさせない」
「…イツロ君」

瓜生は歩の手を引いて抱き寄せる。小さな体はすっぽりと彼の中に納まる。
ちょっと痛いくらいの抱擁。でも今はそれでもいい。
もういっそ彼の一部になってもいいくらい。そんな気持ちでいた。


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