偽りの御曹司とマイペースな恋を
車に乗ってそのまま部屋までかえる予定だった。
だけど、唐突に歩がもう少しドライブしようと言ったので信号を曲がる所を
まっすぐに走って特にアテもないけれど遠回りデート中。
夕飯のメニューは既に瓜生の頭のなかで組み立てているようで。
何やらゴキゲンそう。
そんな彼を横目に見て。
「所で。一路さん」
「え?…なん、だ。急に」
さり気なく言ったらだいぶ驚いた様子でビクッと反応し、すぐ運転に集中する。
「歩さんは瓜生家の嫁になると皆さんに思われてるんですけど。
その辺どうお思いですか?」
「……」
「そちらのお父さんもそのつもりみたいですけど」
「……、…う、うん」
たぶん歩の父は嫌そうな顔をするだろうけど、でも根っからの反対はしないはず。
母親はもちろん喜んでくれるだそうし。
瓜生の性格上、言われてその場でいきなり結婚の話しなんてしないだろうから、
でも、せめてそれっぽい話が出来たら嬉しい。そんな歩の乙女心。
「まあ、…何時かは。とか。そういう感じだよね?」
でも瓜生は黙りこんでしまったので結局助け舟を出す。
やっぱりそうだよな。無理だよね。
「お、俺。俺、将来的に社長じゃなくなるし店を再開しても爺さんのように
繁盛させられるか怪しいし。甲斐性ないし料理とか菜園とかしか自信ないし
背は高すぎって言われて顔も怖いって言われるし性格も暗いし」
「はいはい」
「こんな俺でも、もし、許されるなら。結婚なんてものが、できるなら」
「……」
「相手はお前しか考えられない。歩」
「……イツロ君」
「でもお前は社会に出たばかりだし、俺もまだすぐに辞めるわけにもいかない」
「わかってる。……嬉しいな」
「お前は?いい?」
「うん。瓜生歩も悪く無いと思う」
「俺、真面目に名栖一路がいいなって思ってる」
「まさかの婿養子!?お父さん泣いちゃうよ?」
「いいんだ。泣かせとけ」
「……でもそれすら喜んでそうだね、あのお父さんだと」
お互いに小さく笑い、僅かな時間僅かな距離のデートは終了。
空腹が限界に近くなってきて歩は部屋に入るなり着替えてソファに寝転ぶ。
冷蔵庫のものを漁りたいがご飯前につまむのは瓜生の前では禁止されている。
「……なあ、歩。その、…正式に婚約しようか」
「え。う、うん。……いい、よ」
テーブルに並ぶ夕飯をガツガツ食べていたら突然切りだされた。
まさかの婚約。嬉しいけど、驚いた。
「その前に歩のお義父さんだな。頑張ろう」
「イツロ君が凄い前向きだ」
「俺だって前を向く。…お前が、一緒だしな」
「そうだよ。一緒だもん」
「今度カレー作る。約束してた、うまいカレーな」
「うん!楽しみ!」
「……ありがとう、歩」
「え?」
「ほら。頬にソースついてる。ちゃんとふけ」
「あう。…はい、すいません」
良かった。私たちは1歩1歩ちゃんと前へ進んでる。
辛い思い出も悲しい記憶も消せはしないけれど
それでもこの先は楽しい嬉しい事だって沢山あるはずだから。
ふたりでなら。
後日きちんと父に婚約の話しをしに行くことになるのだけど、
また酷い有様で、そして大笑いして、ちょっと泣いちゃったりして
でもそれはまた別のお話。
【おわり】