一途な外科医と溺愛懐妊~甘い夜に愛の証を刻まれました~

 それから数分後。菱沼さんは真っ赤な顔をして戻ってきた。 

「ごめん、天野。部長のこと、説得できなかった」

 声がかすれていた。きっと、必死で部長に掛け合ってくれたんだろう。

「……いいんです。そのお気持ちだけで十分です」

 ふと横を見ると、菱沼さんは目に涙をためていた。そんな菱沼さんを見て、堪えていた涙がこぼれ落ちる。

「天野、本当にごめんね。でも待ってて、必ず呼び戻すから」

「はい」

 菱沼さんの言葉に、ほんの少しだけ希望の光を見いだせた気がした。

それから私は五時きっかりに退社した。

せっかくの金曜日、このまま沈んだ気持ちで帰るのもなんだし、紘子を誘って飲みに出掛けよう。

「よし、そうしよう」

スマホを取り出すと、ちょうど紘子から電話が掛かってくる。

「はい、もしもし」

《もしもし、由衣子? 今日だから》

「今日だからって、なにが?」

《なにがって、話してた合コン。やっとセッティングできたの。七時に恵比寿の西口に来て。恵比寿像の前で待ち合わせしよう》

「待って紘子。今日は……」

そんな気分じゃない。そう言って断ろうと思ったのに……。

《ごめん、まだ会社だから切るね。遅れないでよ》

 紘子はせわしなく電話を切ってしまった。

< 21 / 192 >

この作品をシェア

pagetop