一途な外科医と溺愛懐妊~甘い夜に愛の証を刻まれました~
私はトイレを済ませると、席まで戻った。
「戻りました」
「おかえり。……なんかあった?」
菱沼さんは私の顔を覗き込んでそう聞いた。どれだけ思っていることが顔に出てしまう性分なんだろうか。
「え? ああ、廊下で知り合いにそっくりな人がいたんです」
「本人だった?」
「いえ、たぶん私の見間違いだと思います」
彼がこんな所にいるはずがない。そもそも、今朝はTシャツにジーンズで家を出て行ったし、あんな高そうなスーツ、クローゼットに入っていなかった。
「そろそろはじまるよ」
菱沼さんが言ったと同時に、開演を知らせるブザーがなり響き、ゆっくりと緞帳が上がっていく。指揮者がタクトを振り上げると、バイオリンが美しい音色を奏でた。
思っていたよりも本格的な演奏会。クラシックの名曲から、話題の映画音楽まで、会場にいる人を飽きさせない選曲はさすがとしかいいようがない。
仕事上の付き合いと菱沼さんは言っていたけれど、こんなお付き合いなら毎日でもいい。